ゆらゆら6 | ナノ





ゆらゆら6

 金曜の夜、クローゼットを開け、着ていく服を選んでいると、ノックの音が聞こえた。
「はーい」
 孝巳の返事を聞いてから、母親が顔をのぞかせる。
「あら、幸喜君と?」
 実年齢より若く見られる彼女は、手入れしているきれいな指先で扉を閉め、孝巳の襟元を直してくれた。
「今日は、友達と」
 一成の名前を出すかどうか迷ったものの、孝巳はそう言ってほほ笑んだ。
「ちょっとフォーマル過ぎない?」
 鏡の中の孝巳を見て、母親はかすかに首を傾げる。確かに、上下ともダークブラウンで統一しており、硬い感じがした。だが、相手は一成だ。まだ友人と称する関係でもなく、歳上であり、このくらいのほうがいいと思った。
「これは?」
 クローゼットの中を確認した母親が、クリーム色のジャケットを取り出してくる。両親の買ってくる衣服は、上二人には絶対に似合わないユニセックスなものが多かった。
「これにこのストールを巻いて、ね? 可愛いでしょう?」
 孝巳は鏡に映る自分を見た。女性に間違えられても仕方ないと苦笑する。上機嫌の母親を見ていると、「俺は息子だよ」とは言いづらい。
「遅くなるなら、連絡してね」
「うん」
 孝巳は香水をほんの少しだけつけた。フルーティな香りが広がる。いつも使っている香水は落ち着くものの、落ち着くということは自分自身でも、どちらかといえば、女性的なものに慣れ、受け入れているということなんだと気づく。
「どうしよう」
 大学を卒業したら、何をすればいいのか分からない。幸喜の会社なら、毎日、彼と一緒にいられるが、それが二人にとっていいことかどうかも分からない。だからといって、家で彼の帰りを待つだけの生活も、望んでいるものとは違う。
 孝巳は溜息をつきながら、部屋を出る。自分の悩みはぜい沢だ。だが、悩みについて考えている間は、たとえそれがどんな悩みであれ、程度に関係なく苦しいものだった。
「孝巳様、お送りしますから、お待ちください」
 いつものように歩いて出て行こうとして、とめられる。今日は母親もいるため、孝巳は素直に頷き、玄関前に車が入ってくるのを待った。
 車内へ乗り込んだ後、運転手へ一成との待ち合わせ場所を告げ、携帯電話へ視線を落とす。悩みを忘れるくらい、楽しい夜になればいいと思った。

 一成との待ち合わせ時間は十九時だった。少し早めに駅前に到着し、孝巳は百貨店の中に入って待とうとした。中に入る前に電話が鳴り始める。
「もしもし?」
 人の出入りが激しい場所だったため、孝巳は路地裏のほうへ移動しながら、かかってきた電話に出る。一成はまるで孝巳のことを見ていたかのように、現在地から彼のいる場所までの道を教えてくれた。
「工藤様」
 名前を呼ばれて向けた視線の先に、白い手袋をはめている運転手の姿がある。
「こちらです。茅野様は中でお待ちです」
 丁寧に後部座席の扉を開けた運転手に促され、孝巳は礼を言ってから、中をのぞいた。広い車内で足を伸ばし、飲み物へ口をつけている一成が、こちらを向く。
「こんばんは」
 孝巳が座ると、扉が静かに閉まった。


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