ゆらゆら5 | ナノ





ゆらゆら5

 翌日、幸喜から予約が取れなかったことを謝罪する内容のメールが送られてきた。孝巳は返信をした後、テーブルの上に置いたままの財布を手にする。少し歪んでしまった名刺には、携帯電話の番号も記載されている。親指でボタンを押下した。
 突然、電話をかけて、予約を取りたいというのは失礼に当たるかもしれない。だが、名刺を渡されたということは、知り合いになったということだ。一成は孝巳の連絡先を知らないのだから、こちらからかけるしかない。
 四コール目の後、「はい」という声が聞こえた。ソファに寝転んだままだった孝巳は、上半身を起こす。
「あ、あの、俺、昨日、名刺、もらった工藤っていいます。あの、あ、あの……」
 かすかに笑われた気がした。何と切り出すべきか、考えてからかければよかったと後悔する。
「今、取り込み中なので、後でかけ直しさせて頂きます。こちらの番号でよろしいですか?」
「え、あ、はい」
「では、いったん失礼いたします」
 電話が切れてから、しばらくの間、孝巳は不思議な気分だった。昨日、会った時の一成とまったく違う相手が出たといってもいいほど、柔らかな言葉づかいだったからだ。孝巳は不意に時計を見て、まだ昼過ぎだと知り、納得する。
 平日の昼過ぎなら、働いていて当然の時間だ。取り込み中というのは、おそらく商談か何かの最中だったのだろう。何も考えずにかけてしまった。
 発信履歴から一成の電話番号を電話帳に登録し終わった頃、彼からの折り返しがあった。出る前に、予約のことをどう切り出すか、組み立てようとしたが、その間も、コール音が続くため、結局、三コールで出る。
「もしもし、茅野さん?」
「あぁ」
 低く響いた声に、孝巳はまた姿勢を正す。
「さっきは、すみません。今は、大丈夫ですか?」
「十分後に戻る。用件は?」
 孝巳は息を飲み込むように、口を開いた。
「あ、あなたのお店で予約を取りたいです」
 素直に言うと、一成は、「いつ?」と尋ねてくる。昨日、会ったばかりで不躾な願いにもかかわらず、彼は気分を害した様子もなく、「何人?」と続けた。
「金曜って今週か?」
「はい、あの、すみません。もし、ダメなら」
「金曜は無理だ。日曜なら、個室が空いてる」
 幸喜からのメールでは、三ヶ月ほど先まで予約が詰まっているらしかったが、店の経営者である一成は五日後の日曜は空いていると言う。キャンセルでも出たのか、と思い、孝巳は笑みを浮かべて、頷く。
「本当ですか? 日曜日でもいいです。どうしても行ってみたかったんです。ありがとうございます」
 孝巳の言葉に続き、一成は、「金曜の夜、会えないか?」と言った。予約が取れたことに喜んでいた孝巳は、特に深く考えず、「いいですよ」と返す。待ち合わせの場所と時間を言った後、彼は電話を切った。
 予約が取れた、と幸喜に電話をかけたいところだが、孝巳はこらえた。一度、家に帰ろうと思い、外へ出る。
「あ」
 持って帰ろうと思っていた衣服が入っている鞄を、中に忘れた。孝巳は小さく息を吐く。幸喜はスペアキーを渡してくれると言っていた。いつもらえるのか、こちらから聞くのは強請るようで恥ずかしい。服は腐るわけでもなく、どうせまた日曜までにはここへ来るのだから、と思い直す。
 日曜のことを考え、孝巳の表情は自然と緩んだ。電車に乗り、駅から家まで歩く。途中、母親から連絡があり、家に帰ろうとしていることを告げると、迎えの車を呼ぶように言われた。歩いて帰れる、と主張したが、心配性の彼女は今いる場所で待っていなさい、と強く言い、孝巳は迎えの車を待った。
 時々、家族の心配をうっとうしいと思う。だが、自分のためだと考え直し、納得させた。


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