ゆらゆら4 | ナノ





ゆらゆら4

 アボガドとローストチキンのサラダを食べ終えた孝巳は、向かいの席で赤ワインを飲んでいる今井へ視線を向けた。
「就職、どうするの?」
 自分と同じく就職活動をしなかった今井に尋ねると、彼は、「留学する」と笑った。
「俺は次男だし、旅館、継ぐ必要もないし、自由にさせてもらう」
 孝巳の友人の中でも、のびのびしている今井は、大きな口を開け、パンチェッタを頬張る。
「おまえは? 親父さんの会社?」
 アパレル関連の会社を経営している孝巳の父親は、いくつかのグループ会社を持ち、それぞれ兄達へ経営を任せている。母親もジュエリーショップを持っているが、孝巳自身、ファッションにはあまり興味がなかった。
 幸喜は、孝巳さえよければ、彼の会社へ来ないか、と声をかけてくれている。ぜい沢だとは思うものの、孝巳は自分の将来を決めかねていた。甘やかされたが、わがままに育ったわけではない。ただ、自分自身の意思で決めることが難しい。
 孝巳は一から十まできちんと決められた手順でしか動けない。突発的なことに、どう対処していいのか、分からない場合が多かった。幸喜は孝巳のことを、悠々としていて好きだと言ってくれる。自分で悠々としていると思ったことはないが、好きな人からそう言われて、悪い気はしない。
「それか、留学する? 俺と一緒に?」
 今井の言葉に、孝巳はすぐに首を横に振る。幸喜と離れるなんて考えられない。今井は苦笑して、運ばれてきたペンネへ手をつける。資料集めを手伝った礼に、とここへ連れてこられた。孝巳もまだ熱いペンネを口へ運ぶ。
 ドルチェに選んだパンナコッタまで食べて外へ出ると、すでに暗くなっていた。孝巳は駅まで送ると言う今井に甘え、改札口で別れた。電車が来るまでの間、幸喜から届いているメールへ視線を落とし、返事を打っていく。
 今夜も幸喜のところへ泊まろうと思い、長兄の俊彦へもメールを送信した。幸喜の住むマンションは駅から近い。エントランスを抜け、エレベーターで上がり、扉の前にあるインターホンを押す。鍵を開けてくれた幸喜の笑顔に、孝巳も笑みを見せる。
 軽いキスをして、ソファへ腰を下ろした。幸喜は、「何か飲む?」と聞いてくる。
「オリーブとチーズもあるよ」
 孝巳はテーブルにある幸喜が飲んでいた赤ワインを見て、同じものでいいと返す。ワイングラスを用意してくれた彼は、慣れた手つきでグラスへワインを注いだ。グラス同士が静かに乾いた音を立てる。
「乾杯」
 孝巳が言うと、幸喜もほほ笑んだ。
「週末はどこかに出かけようか?」
「本当?」
 夏休み中も時間があった孝巳と異なり、社会人の幸喜は忙しい。なかなか、デートができなかった。家でゆっくりするのが嫌いなわけではないが、やはり時々は、二人で映画や買い物に行きたくなる。
「あぁ。孝巳の行きたいところに行こう」
 フォークの先にあるオリーブを差し出され、孝巳は大きく口を開けた。赤ワインを飲み、彼のパソコンを借りて、行きたいところを検索してみる。ちょうど市立美術館で現代アート展が開催されていた。
 孝巳が振り返り、行き先を決めたことを告げようとすると、幸喜は携帯電話を耳に当て、仕事の話をしていた。孝巳もポケットから携帯電話と財布を取り出す。手に当たった紙に、視線を落とした。
 孝巳は茅野一成、と検索してみる。彼の経営している日本酒と小料理の店が表示された。クリックして、店のホームページを見てみる。コンセプトやメニュー、店内の雰囲気が分かる写真とスタッフのブログがあった。
 一成自身はブログを書いていないらしく、孝巳はメニューへ戻り、取りそろえられた日本酒の銘柄を読んでいく。
「あ、俺もそこ、行ってみたかったんだ」
 うしろに立った幸喜が、そっと隣へ顔を寄せ、店の情報を見つめる。
「でも、どうだろ……予約、取れないかもしれない。明日、電話してみる」
 孝巳は左手に握っていた名刺を見た。おそらく予約は取れないだろう。だが、彼へ直接連絡すれば、幸喜を驚かすことができるかもしれない。孝巳は名刺を財布へしまい、こっそりほほ笑んだ。 


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