ゆらゆら3 | ナノ





ゆらゆら3

 大学へ来るのは約二週間ぶりだったが、その時間で何が変わるわけでもなく、孝巳は友人がいる図書館を目指して構内を横断していた。うっすらと赤や黄色に色づき始めた並木道の向こうには、総合体育館が見える。
「工藤先輩!」
 上から降ってきた声に顔を上げると、文学部のある一号館の二階から、テニスサークルの後輩達が、「上がってきませんか?」と尋ねてきた。
「今井に呼ばれてるんだ。またあとででいい?」
「Cホールのビジネスフォーラムに来ないんですか?」
 孝巳が首を横に振ると、「今井先輩と来ればいいのに」と聞こえる。おそらく三年生向けの就職活動に関するフォーラムだろう。友人を含め、孝巳にも不要なものだ。
「あの人、来るんですよ、何だっけ?」
「あー、あれだろ? 日本酒と料理、組み合わせてさ、今度、店も出す……」
 幸喜はレストランのオーナーだが、孝巳は彼の店がアジアンフードを提供していることしか知らない。当然、そういった業界にも明るくなかった。
「確か、イッセイっていう名前だった、あ、茅野(カヤノ)だ。茅野イッセイ」
 孝巳は上で騒いでいる皆を見上げ、「俺、もう行くね」と告げる。
「あ、先輩、マジでいいんですか? 茅野さん、イケメンですよ、ほら」
 後輩の一人が手にしていた雑誌を投げた。
「わ、もう、危ないなぁ」
 足元に落ちたビジネス雑誌を拾い上げ、後輩が見せようとしたページを開く。付箋を貼っているわけではないが、折られているため、すぐに開くことができた。
「今年もっとも成長し、今後も期待できる……」
 大きな文字から目に入る。写真へ視線を向けると、鋭い瞳の男性が、こちらを見つめていた。後輩の女子達が騒ぐのも無理はない。写真ではハイスツールに腰をかけているが、足の長さからして、身長は百八十センチを超えているように見える。
 加えて、がっちりとした肩幅や結ばれたくちびるが、彼の意思の強さを表している。孝巳は幸喜とはまったく異なるタイプだと思いながら、写真を見つめた。数メートル先で停車したタクシーのドアが開く。
「ね、イケメンでしょ?」
 上から聞こえた声に、孝巳は雑誌から視線をそらし、踵を返す。
「幸喜のほうが上」
 肩越しに伸びてきた手が、雑誌をつかむ。上から後輩達の悲鳴に近い声が響いた。
「香水の外しかたがうまいな」
 男は雑誌をつかんだ手を離し、耳元でそうささやいた。孝巳が驚いて、振り返ると、ちょうど彼の胸あたりに視線がある。顔を上げる前に、彼の指先が顎をつかんだ。キスを受ける時のように、指先が軽く、孝巳の顎を押す。
「男物だ」
 彼の指先が下くちびるをなぞるように動いた。孝巳は右手にかろうじて握っていた雑誌を落とす。写真の人物が目の前にいた。
「か、茅野一成」
 一成は笑みも浮かべず、「何だ?」と促す。孝巳は顎にある彼の指へ触れ、その手を引き離した。
「俺、男ですから」
 男物の香水をつけているのに、外しかたがうまいなんて侮辱以外に考えられない。孝巳はむっとしながら、一成からの謝罪を待つ。彼は落ちていた雑誌を拾い、孝巳の前へ差し出した。
「分かってる。イメージと違う香水だと感じただけだ」
「イメージ?」
 一成はかすかに口元を緩めた。その小さな笑みに孝巳は視線をそらせなくなる。
「もう少し、フルーティな香りのほうが合ってるんじゃないか」
 なかなか雑誌を受け取らない孝巳の手に、雑誌を握らせると、一成は、「だが、それだけに、その香りで来られると、忘れがたい存在になる」と続けた。
 一成はそれ以上は何も言わず、名刺を雑誌の上に置き、Cホールの方角へ歩いていく。孝巳は雑誌を脇に抱え、名刺を手にした。そっと手首を鼻先へ近づける。幸喜の香水は爽やかな香りがする。先ほど一成に近づいた時に感じたシャープな香りはない。
 携帯電話が鳴り始めたことで、我に返った孝巳は、名刺をポケットへ突っ込んだ。


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