twilight番外編6 | ナノ





twilight 番外編6

「アラタニ家の長男だもんな。選びたい放題だろ」
 中等部の頃から、チトセのことは知っていた。彼を知らない生徒はいない。陰では海軍試験に落ちたことで、色々と言われているが、表向きは皆、アラタニ家の人間に取り入りたいと思っている。
 ルカは輪の中心でほほ笑んでいるチトセを見た。母親のいない家庭で育ったと聞いている。軍の上層部に役職のある父親を持ち、由緒ある家の一人息子である彼は、望めば何でも手に入る立場だ。ルカはチトセから視線をそらした。
「おいしい」
 目の前でチトセが笑みを浮かべた。ルカは笑みを返し、チトセの指先へ視線を落とす。前線にいた頃と変わらず、彼は上品に食べ物を口へ運んだ。指先は少し荒れている。食器洗いと調理補助が主な仕事だが、不満をこぼすこともない。
「今度はライスでもいいかも。ガーリックライスとか、合いそう」
 バゲットへナイフを入れたチトセは、手でちぎり、赤ワインソースをつけた。彼はどんな状況でも、忍耐を見せる。軍人向きといえるが、周囲は彼の存在を軽視していた。
 ルカはめったに泣かないチトセが、いまだに父親や母親のことを思い、嗚咽をこらえる姿を知っている。声を上げて泣くな、と言われて育ったのか、チトセは泣き叫ぶことはなかった。
 
 ヴェスタライヒの特殊部隊に籍を置いたのは、高等部を卒業してからだった。籍を置いても、もちろん帝国軍の兵として働いていたが、チトセを見かけることはなかった。
 第三小隊への召集状が届いた時、ルカにはヴェスタライヒ軍特殊部隊員として、帝国軍が上陸後、攻撃をしないように仕向ける役割があった。その時はまだ帝国軍上層部がもくろんでいることも知らず、少尉でありながら、威厳に欠けるチトセを冷めた目で見ていた。
 今、思い返しても、自分の態度や言動はひどいものだ。ルカは法廷には立たなかったものの、偽証した人間達と変わらない。チトセの父親に会うまで、チトセの統率能力のなさを嘲笑し、精神的弱さから薬へ逃げたことを信じて疑わなかった。
 軽く汗を流した後、ルカはベッドに寝転び、テレビを見ているチトセの横に並んだ。
「何か飲む?」
 チトセは空になったティーカップを片手に、ベッドから下りる。
「おまえは?」
「俺? 俺はもう一杯、カモミールティー」
 ルカは、「同じものでいい」と返す。一緒に暮らし始めてから、最初の誕生日に贈ったサマーカーディガンを羽織り、チトセはキッチンへ向かった。カーディガンのほかに前庭へバラを植えた。家の中に入ってから、包みを見つけた彼は、目を輝かせ、贈り物を開けた。
 よく覚えている。チトセは包みを開け、こちらへ飛びつき、「ありがとう」と言った。その後、すぐに贈り物をつかみ、視線をめぐらせた。ルカが尋ねると、チトセは、「隠す場所……」とこたえ、それから、我に返り、首を横に振った。
 贈り物を隠すように座り込んだチトセは、社交界でたくさんの贈り物をもらってきたはずだ。ルカは彼がどんな小さな贈り物でも喜びを見出し、感謝できる人間なのだと感心したが、彼の言葉が引っかかり、話して欲しいと頼んだ。
「はい」
 チェストの上にティーカップを置いたチトセは、ルカの隣へ寝転んだ。彼の肩を抱き、額へキスをする。
「ありがとう」
 長い広告が終わり、チトセが毎週見ているドラマが始まる。カモミールティーを一口飲み、ルカはチトセの肩へ腕を回した。
 かすれた声で語られた贈り物の行方を聞き、ルカはチトセを強く抱き締めた。父親からおまえが生まれた日は母親が亡くなった日だから、祝う日ではない、と言われ、目の前で贈り物を捨てられた。彼は涙も見せず、そう語った後、「でも、もうそんな心配いらなかった」と笑みを浮かべた。
 幼い頃の衝撃は大きかっただろう。それを毎年、続けられたらどうか、ルカには考えるまでもない。ルカは五歳の頃までだった。施設でもいじめられたが、家族から冷遇されることと、他人から同じ扱いを受けるのとは、傷つけられる深さが異なる。


番外編5 番外編7

twilight top

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -