twilight番外編5 | ナノ





twilight 番外編5

 前庭を抜け、玄関を上がる。たいていは前庭を抜けると、夕飯の香りがしてくるが、今日はラベンダーの香りしかしなかった。ルカは上着を脱ぎ、鞄をリビングのソファへ置く。裏庭へ続く掃き出し窓が開いていた。
 今日は早上がりだったため、時計はまだ十七時にもなっていない。朝八時から働いていたルカは、あくびをしながら、外へ出た。
「チトセ?」
 藤棚の下をのぞくと、チトセは予想通り、椅子に座っていた。本を読んでいたようだが、今はぐっすり眠っている。ルカはチトセがひざにかけていた毛布ごと、彼を抱えた。以前はルカの気配であっても、すぐに気づき、飛び起きていた。だが、最近は眠りが深いのか、少し動かしたくらいでは起きない。
 チトセをベッドへ運び、ルカはキッチンにある冷蔵庫を開けた。途中まで用意していたのか、トマトサラダが入っている。見慣れたロゴが入っている包みを開けた。今夜は肉料理らしい。ルカはシャツの袖を上げて、まな板の上へ肉を置いた。

 チトセはよくルカのことを寡黙だと言った。だが、ルカからすれば、チトセも同じだ。自らあまり話さない。冬でも二十度まで上がる時もあるこの地で暮らし、雪という表現を使うのは合っていないものの、ルカはチトセを雪みたいだと思っていた。
 ルカ自身、雪の世界を経験したのは一度だけだ。ヴェスタライヒ北部で銀世界を見た。あの時の静けさとチトセの持つ静寂さは似ている。彼は多くを語らず、多くを求めない。
 初めてチトセを知った時、まさか彼が隣にいることが自然で居心地のいいことだと感じる日が来ると想像できなかった。
 包丁を使い、少し厚みを残して切った肉へ下味をつける。ルカが赤ワインとオリーブオイルを取り出していると、起きてきたチトセが声をかけてきた。
「ありがとう」
 チトセはこちらの手元をうかがい、小さく笑みを浮かべた。
「ローズマリー、取ってくる」
 香草類は前庭の一角に植えてある。キッチンからチトセがローズマリーを摘む姿を見て、ルカの表情は幸せに綻んだ。

 施設に入ったのは、五歳の頃だ。それまでは母親と暮らしていた。母親は帝国の人間を恨んでいたが、生活していくには結局、彼らに媚を売るしかなかった。ルカは幼い頃から、母親が客を取るのを目の前で見てきた。
 客が優しいと、母親はすぐにその気になり、反対に暴力を振るうような客と当たると、今度は延々と恨み言を聞かされた。ルカにとって性行為は汚らわしいものであり、支配されている母親を見るたび、胸が苦しくなった。
「オニオンスープも作ろうと思ってたんだ」
 肩口まで伸びている髪を結びながら、チトセはキッチンシェルフから小箱を取り出す。
「インスタントだけど」
 チトセからは、摘んだばかりのローズマリーの香りがした。欲情する自分を抑えられなくなりそうで怖い。彼が求めることはないが、求められるのを待っているのは分かる。ルカは彼のこめかみに優しくキスをした。
 母親を買った男達のように、自分が優位であることを当然のようにぶつけてくる連中にはなりたくない。チトセは抑止が利かない自分でも受け入れてくれるだろう。ルカにとってはそれが一番、恐れていることだった。

 同級生達から暴行を受けた後、ルカはその場に座り、空を見上げた。中等部から軍事学校へ入ったものの、扱いはどこも変わらない。先ほどまで暴行を加えていた集団が、ひときわ大きく笑った。
 その輪の中心には、第一艦隊司令長官だった父親を持つチトセがいた。隣に座った仲間が、「ひどいやられようだな」と笑う。いつものことだ。ルカは口を開かず、小さく溜息をついた。
「向こうは相手を選ぶのに一苦労だな」
 彼はそう言って、チトセ達のほうへ視線を投げかける。


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