twilight番外編4 | ナノ





twilight 番外編4

 チトセはアメ玉を包みから出して、口の中へ入れる。呼び鈴が鳴った。バスルームにいたルカが顔を出す。
「俺が出るから、おまえはこっち」
 手招きされて、バスルームへ入る。
「何で?」
「いいって言うまで出てくるな」
 ぽんと頭をなでられて、チトセは小さく頷く。バスルームからは玄関が見えない。前庭も裏庭も当然、見えず、チトセはアメ玉をなめながら、鏡を見て、髪をうしろで結び直した。ルカはあまり話をしないが、記念日や誕生日には大きな贈り物で驚かせてくれる。
 それは普段、「愛してる」と言わないルカの、音のない「愛してる」だった。たいていは衣服や花束、あるいは庭に置ける物が多い。バスルームに入れられたということは、家の中に置ける家具か、庭に置ける鉢やガーデンファニチャーだろうと推測した。
「チトセ」
 手を取ったルカを見上げる。彼は笑みを浮かべていた。
「何かの記念日だっけ?」
「いや。何でもない日だ」
 リビングを見ようとしたが、ルカは玄関へと引っ張っていく。前庭にあるパラソルを買い替えたのかと思った。だが、パラソルは以前のままだ。石段を降りて、家の横を通り、裏庭へ連れていかれる。
「裏庭? リビングから出たほうが早いのに、そんな期待を持たせて……」
 どうする気だ、と笑おうとして、チトセは立ちどまる。手を引いたルカが隣に並んで肩を抱いた。以前は何もなかった裏庭の一角に、大きなパーゴラができていた。
 パーゴラにはまだ少ないものの、藤が絡まり、薄紫の花を咲かせている。夢の世界で見た藤棚とは似ていない。裏庭には小高い丘もない。だが、チトセは胸にこみ上げてくる感情を抑えることができなかった。
「ルカ……」
 ルカはチトセを藤棚の正面へ移動させた。木製のベンチが置いてある。チトセは口元を押さえ、嗚咽を漏らした。彼に藤棚とベンチの話を聞かせた覚えはない。
 ベンチへ座ったチトセは、藤棚を見上げた。隙間から見える空は青く、美しい。雨上がりには虹も見えるかもしれない。
「覚えてないだろうが、おまえがうわ言で言ってたんだ。欲しい物はあるかって聞いた時」
 ベンチに座っているチトセの前にひざまずいたルカは、指先で涙を拭ってくれる。
「……藤棚が欲しいって?」
 チトセが笑うと、ルカはまっすぐにこちらを見て頷く。
「正確には、虹が見えるって言った。その後、藤棚のベンチの下で、虹を見て、母親に抱き締めてもらったって」
 ルカはチトセの手を握る。
「おまえが母親に抱き締めてもらえるのは、まだ先だ。だが、それまでおまえの夢が叶わないわけじゃない」
 ひざをついたまま、ルカが抱き締めてくれる。チトセは彼の頭へ腕を回した。
「ありがとう」
 腕の中にあるルカの髪へ頬を寄せる。彼が顔を上げた。そのくちびるへキスをしようと顔を寄せると、彼は少し離れて、上着の胸ポケットをまさぐる。
「式はできない。新婚旅行もできない。約束も破る」
 小箱の中から指輪を取り出したルカは、そう言いながら、まだこたえてもいないチトセの指へ指輪をはめる。家のローンがあるから、結婚式が無理なことも、他国へ旅行に出られないことも理解できた。五年間、税金を納めれば、アデンタ州民になれるから、それまではここに住もうと二人で決めていた。だが、約束を破るという言葉の意味は理解できなかった。
「チトセ、おまえが死んでも、俺は誰かを愛したりしない。おまえだけを愛して、おまえと共有した幸せしかいらない」
 チトセは、「俺も」とこたえるだけで精いっぱいだった。隣へ座り直したルカが、力強く抱き締めてくれる。母親に一度でいいから抱き締めてもらいたかった、と言っていた彼の言葉を思い出し、チトセも彼を抱き締めた。
 夢が現実になった。だからもう、幸せな夢が覚めることを恐れなくていい。チトセは涙を拭き、笑みを浮かべて、自らルカへキスをする。愛してる、という彼のささやきが聞こえた。


番外編3 番外編5(ルカ視点)

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