vanish そのあと4 | ナノ





vanish そのあと4

 携帯電話をいじりながらベッドを温めていると、シャワーを浴びた慎也が入ってきた。時々、微妙な空気になることがある。今がまさにその空気だった。推測するまでもなく、先ほどのことを気にしているんだろう。
 要司はがばっと布団をはいで、おいでと手を振る。だが、慎也が来る気配も笑う気配もない。
「どーした?」
「……座ってください」
 慎也に言われて、要司はベッドの上に座る。慎也がひざまずいて手を伸ばしてきた。どう考えても抱き締める形ではない。伸ばされた手の先にあるのは要司の股間だった。
「何だよ?」
 要司は必死に苦笑して、慎也の腕をつかむ。
「口で、します……」
 何を、と聞けなかった。慎也が力いっぱい要司の手を振り払おうとする。要司はその腕を離さずに言った。
「そんなこと望んでない」
 慎也が視界をにじませて反論する。
「嘘! 夜一人でやってるの見たっ。俺が……俺がさせないから、要司さんは欲求不満なんだ。俺なんて、葵だけじゃな、くて、あいつら、にも……俺なんて」
 ひざまずいていた慎也は、その場に尻をついて、涙を流した。腕を離すと、手で涙を拭い始める。
「慎也」
 大丈夫なのに。要司はそう言おうとした。
「要司さん、俺のこと縛っていいよ。縛って逃げられないようにして、やって。じゃないと、俺、要司さんの優しさに甘えて、いつまでたってもできない」
 泣き腫らした目を見つめると、慎也の瞳にはまだ不安が揺れていた。セックスへの恐怖とこのままセックスができなければ、自分に捨てられてしまうという恐怖だ。そんなことを考えさせてしまうほど、自分の態度は悪かったんだろうか。それとも、まだまだ自分の気持ちは伝わっていないんだろうか。
 要司は同性愛への理解はあるし、タカを含めて周囲にそういう嗜好を持った人間もいる。自分はどうかと問われれば、違うと言ってきた。だから、男からの誘いは断ってきた。
 慎也への気持ちは少し特別だった。最初は弟みたいに思っていたから、タカとキスをしているところを見た時も、自分に隠れてそういうことをされるのは嫌だと思った。だが、要司も鈍感ではない。いつも自分を見上げる瞳が自分の思う親しさとは違うことに気づいていた。その時、要司はとても満足していた。自分を選んでくれたことが嬉しかった。
 ただ慎也から向けられる気持ちに満足するだけではなく、自分も答えなくてはいけないと思ったのは、葵の部屋の扉の向こうで、慎也が「帰ってください」と言った時だった。慎也はまだ何も始めていない。始めていないうちから、諦めようとしている。自分が引っ張っていこうと強く思った。
「初めてキスしてから二年かぁ」
 要司はその時のことを思い出すように目を閉じた。
 慎也はキスを受けて驚いていた。モスグリーンの塗料をつけて、幼い顔は赤く染まっていた。
「二年も待たせてるとか思ってんのか?」
 要司が目を開けると、慎也が頷いた。
「俺にとってはまだたったの二年なんだけどな。そりゃ、俺だって溜まるもんは抜いてる。おまえとしたいって思う。だけど、まだ二年だ。俺達がこれから過ごす時間の長さ、考えてみろよ。俺はまだ待てるから。だから、もっと甘えてくれ」
 また泣き出す慎也を抱えて、温かいベッドへ潜り込んだ。愛しているとはまだ言えない。そんな重い言葉を使えば、慎也はきっと彼自身をもっと責める。要司はそっと慎也を抱き締めた。まだ少し濡れている髪にキスを落としながら、心の中で何度も何度も大好きだと伝える。
 大丈夫。いつかきっと、もっと互いを受け入れられる。
 要司は慎也が眠るまで左手でその背中をさすり続けた。

そのあと3 それから1(本編から3年後くらい/慎也視点)

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