vanish そのあと3 | ナノ





vanish そのあと3

「でも、おまえ、寒そうに見える。ずっと台所に立ってなくても、冷えるだろ? 最近は一万円以内で買えるから、別にあってもいいものじゃないか?」
 ミートソースを作っている慎也が、トマトを刻む。玉ねぎの皮むきを始めたのを見て、要司は彼の足元へしゃがみ込み、右足をつかんだ。
「え、ちょっと、要司さん?」
 シンクに玉ねぎが落ちた音が響いた。要司はつかんだ右足の靴下を脱がせる。
「わ、何? な……」
 慎也の足は思った通り、冷たかった。手の平で足の裏をつかんだ後、そのまま腰の部分へ腕を伸ばして、慎也のことを抱える。
「要司さん、下ろして」
「はいはい」
 居間に入り、電気カーペットの上に慎也の体を横たえる。起き上がろうとした彼の左足の靴下も取った。手の平で足を温めるようにつかむと、恥ずかしいのか、彼は顔を赤くしていた。
「すげぇ冷えてる」
 下からこちらを見上げてくる慎也の瞳が潤んでいた。要司は足を解放して、体を前に倒す。くちびるにキスを落とすと、慎也が小さくうなった。所在なげに投げ出されている手を握ると、その指先も冷たい。
「こんなに冷えてる」
 くちびるから頬、首筋にキスをすると、慎也がかすかに震えた。小さな声で、怖い、と聞こえて、要司は慌てて体を起こした。手を握っているつもりだったが、慎也からすれば押さえつけられていると感じたのかもしれない。頬にかかっている髪をよけてやると、慎也は頬を濡らしていた。
「ごめんなさい」
「謝るようなことじゃない」
「でも、ごめんなさい。俺……」
 要司は辛抱強く、慎也の言葉を待ったが、彼がその後、何かを語ることはなかった。夕飯の支度をすると言って、立ち上がり、裸足のまま台所へ立つ。自分はやっぱり無力なんだと感じる瞬間だった。一人で抱えずに話して欲しいと言っても、それが簡単なことではないことくらい、要司だって分かっている。
 慎也がくちびるの端を腫らしているのを見た時、誰がやったのかと憤りを感じた。写真を見た時、感情が振り切れて、葵に殺意を覚えた。葵を殴っている時、ちらついたのは慎也が泣いている姿だった。そして、慎也が感情の消えた表情でチョコレートを食べている姿だった。
 慎也は知らないかもしれないが、要司は慎也が電車待ちをしながらホームでチョコレートを食べる姿を何回も見てきた。初めて声をかけた時、チョコはうまいのかと聞いたら、はい、と返事をした。だが、慎也は要司が見てきた限り一度もおいしそうには食べていなかった。
 要司は葵の居場所を知るために、タカと慎也の家に行った時、彼の実父と義理の母に会っていた。二人の様子を見れば、慎也が家の中でどんなふうに扱われていたか分かる。葵は要司とタカに慎也から誘ったんだと言った。慎也は家で認められず、食事も一緒にとることが許されていなかった。だから、葵を誘い、葵から食べ物や金を受け取っていたと話した。無表情にチョコレートを食べていた慎也が脳裏によみがえった。タカが止めてくれなかったら、要司は葵を殴り殺すところだった。
 要司は拳を握り締める。葵の傷は癒えただろう。だが、慎也はいまだに癒えない傷を抱えている。その理不尽さが悔しい。何もできない自分にいら立つ。今、慎也を抱き締めにいっても、彼を困惑させるだけだ。要司は静かに、彼がこちらへ来るのを待った。

そのあと3 そのあと4

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