vanish そのあと1 | ナノ





vanish そのあと1

 タカの家で飲んだ後、そのまま泊まって朝帰りした要司は、静まり返っている自分の家に入った。そこまでアルコールは残っていない。台所の窓から朝陽が射し込んでいた。要司は上着を脱いで、それをソファに置いた。音を立てないように二階へ上がり、寝室の扉を開ける。
 慎也が布団から頭だけ出して眠っていた。そっと指先で彼の黒髪をいじってから、要司は着替え始める。

 慎也とここで一緒に暮らし始めて二年ほどが経っている。彼は駅近くのカフェで朝から夕方か、昼から夜までのシフトで働いていた。時間が合わない日もあるが、二人の関係は良好だった。
 慎也は二十一歳になり、幼さが消えてずいぶん大人っぽい表情をすることが多くなった。慎也はよく要司のことを猫みたいだと言うが、要司からすると彼のほうが猫のようだった。
 これまで本当の自分を偽って、相手の都合に合わせていたのか、慎也は徐々に本当の慎也を見せるようになった。ちょっとしたわがままの後、我に返って自己反省している彼は、いつ見てもかわいい。
 居間の壁をモスグリーンに変えた日、要司は初めて慎也にキスをした。そこから二人の関係は進んでいない。いまだにキスだけで終わる。タカと彼の恋人は自分達の関係を信じられないと言っていたが、要司は今の関係に満足している。確かにキスだけで物足りないこともある。慎也に隠れて性欲を処理しなければいけないこともある。だが、急いで求めて、彼を傷つけることだけはしたくなかった。
 慎也は体を見られることを嫌がる。服を脱がせようとすると、すぐに電気を消して欲しいと訴え、電気を消して続きをしようとすると、フラッシュバックを起こしているのか怯えて泣き出す。そのたびに要司は自分の無力さを味わうが、いちばん苦しい思いをしているのは慎也だった。慎也は厳しすぎるほど彼自身を責める。
 だから、要司はキスだけで終わりにしていた。体に触れて、じゃれ合うことはあっても、要司は自制して、勢いに任せて服を脱がせたりはしなかった。

 少し布団をめくって、ベッドへ入ると、慎也の温もりが伝わってくる。
「ぅ……よう、じ、さん?」
 うっすら目を開いた慎也がこちらを見た。要司は慎也の体を引き寄せる。
「ただいま。まだ六時だ。もう少し寝るだろ?」
 慎也はかすかに頷くと、頭を胸元へ寄せた。慎也が働いているカフェは水曜定休の店で、土日は交代で出勤するようになっている。慎也は今月、前半二週出勤していたから、今日は休みだ。ふぅっと息を吐くと、慎也が腕の中で震えた。彼は笑っている。
「何だ?」
「要司さん、お酒くさい」
「そんな飲んでないぞ」
「嘘。ゆっくり帰ってきたらいいいのに」
 今日は休みだから、二人で過ごせる時間を無駄にしたくなかった。要司はぎゅっと慎也を抱き締める。
「タカさん達、元気でしたか?」
「うん。元気だった。おまえに会いたがってた」
「先週、会ったばっかりなのに?」
「まぁ、正確に言うと、おまえとおまえの手料理に会いたがってる」
 苦笑すると、慎也も笑った。タカも彼の恋人も料理が苦手で、時おり、慎也が差し入れる料理を楽しみにしている。
「昼まで寝てもいいだろ?」
「はい」
 目を閉じると、慎也もまた頭を胸元にあずけてくる。要司は満たされた気分で眠りに落ちた。

58 そのあと2

vanish top

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -