twilight番外編1 | ナノ





twilight 番外編1

 海岸沿いに開かれた朝市で、新鮮な魚を手に入れたチトセは、潮風に髪を揺らしながら、なだらかな坂を歩いた。石畳の道には両脇に白い家が建ち並ぶ。チトセはローズマリーやナスタチウムの鉢が並んでいる家の前で立ちどまり、鉄格子の扉を開けた。
 格子扉の奥には小さな前庭があり、低い石段を五つ上がると、家へつながる扉が見える。その石段の手すりにも小さな鉢をぶら下げていた。青い空に色とりどりの花が映える。チトセは玄関の扉を開け、先ほど購入した魚を袋ごとシンクへ置いた。
 ルカは寝室で眠っている。様子を見にいくと、彼はクッションを抱き締めていた。その様にほほ笑み、小さな声で、「ルカ」と呼んでみる。彼はクッションをあやすようになでた。
 シュヴィーツ列島の一番南に位置するアデンタ州は、昨日から祝日に入った。州都では祭りが催され、観光客がもっとも訪れる月でもある。この時期に合わせて、地元でも休暇を取る人が多く、ルカもその中の一人だった。
 ルカはシュヴィーツへ来て、すぐに現在の勤め先であるホームセキュリテイ関連会社へ就職した。偽装したパーソナルカードは出国とともに捨てた。チトセは本物のパーソナルカードでシュヴィーツへ入国できるのか不安だったものの、それは杞憂に終わり、ルカとともにこの地で生活し始めて、三年が経とうとしていた。
 キッチンへ戻り、朝市へ行く前にたてていたコーヒーをカップへ注ぐ。チトセはそのカップを手に、もう一度、寝室を訪れた。ルカがクッションをなでていた手をとめ、目を開く。ヘーゼルの瞳が左右にさまよった後、チトセをとらえた。
「チトセ」
「おはよう」
 彼のカップをナイトチェストへ置く。
「おはよう、ありがとう」
 ブラウンの髪は様々な方向にはねていたが、ルカは気にせず、カップへ口をつけた。
「朝市に行ったのか?」
 すでに着替えているチトセを見て、ルカはベッドから下り、クローゼットを開く。
「うん。マスを買ってきた、あ、あと、小エビも。お昼、ムニエルでいい?」
 半袖のシャツと七分丈のパンツを持ったルカは、チトセの額へキスをして、「楽しみにしてる」と言った。彼がシャワーを浴びている間に、まずは朝食の用意だ。チトセは半分だけ空いていた窓を全開にしてから、キッチンへ向かった。

 シュヴィーツ列島の中でも、緑が多いアデンタ州は森林地帯の一部を公園にしており、チトセは時間ができると、いつも散歩していた。地元の人間は海岸沿いの散歩も好むが、水が怖いチトセが、一人で海岸沿いを歩くことはなかった。
 ここへ来たばかりの頃は、まだ体の調子が悪く、通院を繰り返していた。去年からめまいや動悸はおさまり、最近は調子がいい日が多い。ルカは自分のことのように喜び、休みの日は散歩に付き合ってくれた。
 緑の中の舗装された道を、ルカと手をつないで歩く時、チトセはいつも夢ではないかと思う。観光客が日常を忘れて旅を楽しむように、チトセもこの夢は一瞬で、また現実に戻る日が来るのではないかと疑ってしまう。
 チトセは今年からレストランの厨房で、週三日だけ働き始めた。ルカのようにフルタイムで働きたかったが、彼に体のことを心配されたため、時間の融通が利く時給制の仕事にした。
 レストランのオーナーは当初、チトセをホールへ出したがった。だが、ここが自治都市であるとはいえ、帝国からの観光客の中に軍関係者がいないとは限らない。強制的に連行されることはないものの、できれば顔を見せずに働ける場所がよかった。
 オーナーに詳細は伝えられなかったが、彼はホールへ出たがらないチトセを無理に給仕にすることはなく、厨房の手伝いをさせてくれている。ずっと軍事に関わってきたチトセには、厨房で働くということも現実味のない、不思議な感覚だった。


33 番外編2

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