twilight33 | ナノ





twilight33

「母親にずっと生まなければよかったって言われ続けた。皆には父親がいるのに、自分にはいない。髪や瞳の色でからかわれて、いじめられた。こんなに辛い環境で生きていく意味があるのかと、思ってた。だけど、施設に移って、色んな人間と知り合って、分かった」
 ルカは小さくほほ笑む。
「嫌な奴や怖い奴ばかりじゃない。偏見や先入観を持たず、平等に接する人もいれば、自分のことを犠牲にしても、他人を優先する人もいる」
 チトセの手を離したルカは、左手でチトセの頭をなでた。額にかかっていた髪を耳へかけ、彼の指先がこめかみから頬へ流れるように動く。
「俺だって、両親からの愛が欲しかった。父親に名乗り出て欲しかったし、母親から一度でいいから、抱き締めて欲しかった」
 チトセの涙をくちびるで拭ったルカは、体ごと抱えて、彼の足の間へ移動させる。落ちた毛布をチトセへ巻きつけた後、彼は、もう一度、チトセの頬へキスを与えた。
「両親からの愛を知らない人間は、愛し方や愛され方が分からないと思うか?」
「……思わない」
 チトセは小さな声で言い、それだけでは自分の気持ちを伝えるのに不十分だと思い、口を開いた。
「ルカ、俺っ、ん……」
 舌が絡むと、涙の味がした。草の上についていた手が、ルカの手によって引き上げられ、抱き締められる。自分を包むすべてが優しく、チトセはこの上なく幸せを感じた。
「一緒にシュヴィーツへ行こう。二人でやり直すんだ」
 耳元でささやかれた言葉に、チトセは深く頷いた。
「それから」
 ルカはもう一度、耳元でささやく。
「立派な軍人だったなんて、言う必要はない。おまえが言うべきなのは、立派な人間だった、だ」
 チトセは自分の指で涙を拭い、自らの腕をルカの背中へ回した。二人で、という言葉を反すうして、また涙があふれる。左胸に痛みが走り、チトセは呼吸を乱したが、平静を装った。
 急に視界が明瞭になり、ルカの肩越しに明るい月を見つけて、目を閉じる。
「ルカ」
 後頭部に触れていたルカの手が、腰を抱く。チトセは少し体を離し、彼の頬へ触れた。その手にルカの手が重なる。
「俺が死んだら、また誰かを愛して、幸せになるって約束して欲しい」
 ルカはチトセの手首をつかみ、彼の頬に触れていたチトセの指先へキスをする。
「分かった。ただし、俺が先に死んだら、おまえも誰かを愛して、幸せになるんだ」
 チトセは頷いて、ルカの頬へ触れるだけのキスをした。刑務所へ戻ることだけが償いではないと、チトセは目を閉じながら考えた。薬によって破壊された体の内部は、確実に弱っている。自分に残された償いが死であるなら、わずかな時をルカと過ごしたいと思った。
「チトセ? 明日は午前中だけにして、午後から買い物に行くぞ。シュヴィーツまで一ヶ月はかかるから、必要な物は準備しておかないと」
 うん、と頷く。ルカが苦笑しているのが分かった。
「眠ってていい」
 荷物を背負い、チトセを腕に抱えたルカが歩き出す。チトセは今まで経験したことがないにもかかわらず、とても懐かしいと感じた。彼が歩くたびに揺れる体が、ゆりかごの中で眠っているように心地いい。
 ルカ、と名前を呼ぶ。
「ゆっくり休め」
 チトセは目を閉じた先にある優しい夢の世界でまどろむ。暗闇の中でルカの存在を感じた。



【終】


32 番外編1(約3年後/チトセ視点)

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