twilight32 | ナノ





twilight32

 よく考えてみれば、当たり前だ。チトセの父親は軍の中でも中枢を担う役職にいる。驚くべき事実ではない。チトセはこみ上げてくる笑いに、口元を押さえたが、それは音になって破裂した。突然、笑い始めたチトセを、ルカは不安げに見つめる。
「ルカ、俺、やっぱり戻らないと。最後くらい、父の期待にこたえたい」
 指先から血が抜けていくような感覚だった。戻れば、父の期待にこたえられる。たとえ、父からの愛は望めなくても、与えられた役目くらい、きちんとこなすべきだ。
 チトセはこめかみを押さえた。複数の声が響く。目の前でロケットペンダントが揺れていた。
「だから、もうやめろって言ってるだろ!」
 ルカの腕の中で、チトセは、「だめだ」とささやいた。
「か、あさに、あった、とき、りっぱな、ぐんじんだった、って、いえなくなる」
 呼吸を乱したチトセの背中を、ルカは優しくなでてくれた。
「チトセ……」
 チトセはルカに、幻覚の話をした。あれは幻覚ではなく、チトセ自身が実際に体験した出来事だ。薬欲しさに何でもしていた。忘れたいほどの恥辱だったから、記憶から消していただけで、チトセは二度、母親を殺した。
「二回、殺した」
 チトセはルカの瞳を見つめる。
「母さんは俺のせいで死んだ。俺が生まれたから、死んだんだ」
 だから、川へ投げられたロケットペンダントは、何としても拾い上げなければならなかった。だが、チトセにできたのは、川面を叩くことくらいだった。川へ入ったら、体が重くなり、底の見えない川で溺れた。
「チトセ、おまえの母親はおまえのせいで死んだんじゃない」
 チトセは首を横に振る。おまえのせいで死んだと聞かされ続けてきたチトセには、ルカの言葉は気休めにもならなかった。ルカが足元にある荷物から毛布を取り出す。
「来い」
 荷物を肩へ背負い、ルカはチトセの手を引いた。彼が道の脇へ座り、チトセにも座るよう促す。チトセが座ると、彼は毛布を肩からかけて、身を寄せた。
「誰もが愛して、愛されて幸せになる権利がある」
 首を横に振る。
「俺には、そんな権利ない」
 ルカは苦笑して、夜空を見上げる。
「……父親は誰だか分からないが、女性を暴行するような男だ。母親は望まない妊娠をしたが、国から援助金が出るから、子どもを生んだ。その子どもは誰かから愛されたり、幸せになる権利がないっていうのか?」
「あるよ」
 チトセが即答する。だが、ルカは、「ない」と言い返した。
「もし、おまえにその権利がないなら、その子どもにもない」
 ルカは拳を見せ、親指を立てた。
「おまえは父親の期待にこたえられず、母親を殺したって言う」
 人差し指まで立てたところで、ルカは左の拳を見せた。
「その子の父親は法律に守られた犯罪者で、母親はその子のせいで自殺した」
 両手の親指と人差し指を合わせ、「ほら、大差ないだろ」とルカは笑った。チトセは彼の指先を握る。コンタクトレンズを装着しているルカの瞳は黒く、その瞳にはきれいに星空が映っていた。
 チトセは冷たいルカの指先を握ったまま、涙で濡れた声で尋ねる。
「その子は、愛されることや、幸せになることを学んだ?」
「あぁ」
 ルカは頷き、肩から落ちかけている毛布をチトセにかけ直した。


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