twilight31 | ナノ





twilight31

 軽く背中をなでた手が、二、三度、髪をなでた。ルカはチトセが夢を見ていて、父親と勘違いしていると分かっているはずだ。だから、先ほどの言葉も、父親に向けたものだと思うだろう。
 チトセは規則正しく呼吸しながら、ルカが眠るのを待った。彼の寝息が聞こえてきてから、そっとベッドを抜け出す。事前に用意していた荷物を持ち、音を立てないように扉を開ける。
 雲のない夜空には月と星がよく見えた。美北郡には人工的な明かりが少ない。チトセは車でしか通ったことのない舗装された道路を目指して歩き始める。大きい街まで行けば、軍か警察の人間に見つけられるか、あるいは、自ら出頭してもいいと思っていた。
 呼びとめられる前に気配を感じて、振り返る。ルカが息を乱しながら、走ってきた。チトセは走って逃げきることはできないと思い、肩に背負った荷物を下ろす。
「チトセ!」
 満月に近い月は、二人を明るく照らした。ルカは呼吸を乱していたが、二、三度、深呼吸すると、すぐに呼吸を整えた。先ほどまでチトセを抱いていた手が、肩をつかむ。
「どこに行くつもりだ?」
 尋問のようだが、ルカは優しい口調だった。
「大きな街へ出ようと思って」
 ルカはチトセの言葉に、ぐっと喉を詰まらせた。何かを耐えている表情に、チトセはかすかに首を傾げる。
「チトセ、もうやめていい」
 何を、と聞く前に、ルカが抱き締めた。
「罪を償っても、おまえの父親は愛してくれない」
 足元にある影を見つめた。その影はやがてにじみ、チトセはその上に涙を落とした。
「どんな形で責任を果たしても、彼からの愛を望むのは虚しいだけだ」
 チトセは嗚咽をこらえて、ルカから離れた。
「っら、ない、くせに」
 口元を手で押さえた後、チトセはルカを見据えた。すべてを忘れて、ルカから与えられる幸せに浸れるほど、自分に甘い人間ではない。そう言いたかったが、チトセは自分の内にある闇が、一言で語れるほど浅いものでもないことを理解していた。、
「確かに、知らなかった。おまえがどんな人間か知ろうとしないで、俺はひどい態度で接してた」
 チトセは首を横に振り、荷物を背負って歩き出す。
「チトセ」
 ルカがすぐに並んだ。
「……謝罪なら、もう十分してもらった。でも、それと、俺が戦犯だっていうことは、また別の話だ。何をしても父に認めてもらえないのは分かってるけど、だからって、償わずに逃げていい理由にならない」
「償うほどの罪を犯してないだろう?」
 ルカの声は怒りで震えていた。それは自分に対する怒りではないが、涙を浮かべている彼を見て、チトセは立ちどまる。
「俺は少尉だった。責任を取るべき立場にあった」
 チトセがそう言うと、ルカは一度、空を仰ぎ、大きな溜息を吐く。それから、彼はこちらを凝視した。
「上層部が最初から仕組んでいても?」
「無線や応援部隊のこと? 前にも言ったけど、大佐達には家族がいる。俺一人で償えるなら、別に……」
 仕組まれていたとしても、仕方がないと思った。息が触れ合うほど近くに寄ったルカは、「俺は上層部、と言ったんだ」と繰り返した。チトセはその言葉の意味を考え、思い至り、彼を見上げる。
「父も知ってた……っ」
 チトセはルカの胸元へ手を伸ばし、衣服をつかんだ。


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