twilight29 | ナノ





twilight29

 朝四時半頃から仕事が始まるため、夕食の後は二時間もしないうちにベッドへ入る。いつものように、紅茶をいれてくれたルカは、鞄の中からパーソナルカードを取り出した。チトセはテーブルの上に置かれたそれを手にする。
「……これ」
 どう見ても本物だが、二枚ともまったく別人の名前が記されている。チトセにいたっては性別が女性になっていた。ルカは最初から、ここには半年以上滞在するつもりはないと言っていた。一ヶ所に留まることが危険なのは分かる。
 チトセは帝国内を転々とするのだと考えていた。だが、パーソナルカードを偽造したということは、この国を出るということだ。
「シュヴィーツに行く」
 ヴェスタライヒから南下したシュヴィーツ列島の名前を出され、チトセは困惑した。シュヴィーツは神の住む島と言われ、独自の文化で栄えている。帝国や王政とは異なり、統治者は各州の有力者が務め、商人の出入りに制限もなく、自由貿易と観光が盛んだ。
「船旅だから、泳ぐ必要はない」
 チトセが泳げないことを知っているルカは、そう言って笑った。すでに予約してあるチケットも見せられる。ルカは軍にいた頃より、日焼けしていた。指先は土で汚れ、腕には傷痕も残っている。本来なら、軍人である彼に必要のない重労働だった。
「ルカ」
 シオザキ、と呼びかけていたら、その苗字は施設の園長のものだと言われた。チトセはそれ以降、名前で呼ぶようにしている。ヴェスタライヒ人の母親の苗字もあるようだが、彼はことさら、母親の話題は避けていた。
「ここまでしてくれて、ありがとう。でも、こんなものまで偽造して、高いチケットも用意して……俺は、そこまでしてもらえるほどの人間じゃない。断薬ができたら、戻ろうと思ってたんだ」
 今度こそ薬の誘惑に負けず、然るべき場所で自分の罪を償おうと考えていた。刑務所へ戻れば、どうなるのか分かっているが、ルカから耐えきることができるだけの思い出をもらった。
「北州には初めて来た。あんまり、旅行とか、しなかったけど、最後にこんなきれいな大自然の中で、生活できてよかった。シュヴィーツには、一人で行って。きっと素敵な出会いがあるよ」
 チトセはパーソナルカードとチケットをテーブルへ置き、ベッドのある奥の空間へ向かう。仕切り代わりのカーテンを引き、ベッドへ横になった。
 直接聞けないから、いつも想像していた。ルカが危険を冒してまで自分を逃がし、匿ってくれるのは、もしかしたら好意があるからかもしれない。もしそうなら、チトセはとても嬉しいが、もちろん、それは自分の思いを伝えてはいけないほうの理由に数えられる。
 ルカを自分へ縛りつけるのは、彼を暗闇へ引きずり込むことと同じだ。自分の存在は、すでにヴェスタライヒ軍の特殊部隊から除名されているであろう彼を、もっと貶めてしまう。
「チトセ」
 ルカが声をかけてきたが、チトセは背を向けたまま目を閉じる。眠っているふりをしていると、彼は諦めたのか、気配を消した。チケットにあった出発日は二週間後だった。チトセはそれまでにここを出ようと決めた。


28 30

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -