twilight28 | ナノ





twilight28

 肩につくほど伸びた髪は、サクラより少し短いものの、一見、女性に見えるためか、ルカは切らずに伸ばせと言う。
 ルカは寡黙な人間だった。彼の口から彼自身のことはあまり聞かない。施設で育ったと、サクラから聞いていた。彼にとっては辛い環境だったと話され、チトセは想像に易いことだと思った。
 小屋にはシャワールームも簡易キッチンもある。朝食はサクラ達と食べるが、昼と夜は小屋へ戻り、二人で取っていた。チトセは午後の手伝いを終え、ルカより早く帰宅する。買い物に行く時は車を借りられるため、いつも七日分をまとめて購入していた。
 料理はまったくできなかったチトセだが、ここへ来てからはサクラや彼女の義母に習い、まともなものを作れるようになった。シャワーで汗を流し、緩和剤を飲んだ後、チトセは冷蔵庫の中を確認する。
 軍事学校に入学した時から、集団生活にも寮生活にも慣れなければならなかったせいか、この小屋でのルカとの生活に神経を使うことはない。緩和剤を飲み始めた頃は、薬欲しさに暴れることもあり、チトセはベッドへ縛りつけてもらったが、そういった出来事すら気まずいと感じることはなかった。
 ふっとうする鍋の中身を見つめながら、チトセは自分達の関係を定義づける。戦場では自分のほうが立場が上だったが、ルカは二つ歳上だった。面倒見のいい先輩と暮らしているだけだと言い聞かせる。
 夜、うなされていれば、眠れるまで手を握ってくれる。今までの悪夢を思い出して泣けば、大きな腕で抱き締めてくれる。ルカにとっては、純粋な感情からくる態度であり、そこには何ら邪な情はない。
 チトセはそっとくちびるへ触れる。タカサトを抱いたあの手が、自分を抱き締めてくれる時、チトセは柔らかなくちづけを望んだ。言葉にしてはならない思いを飲み込み、無意味な感情は彼のいない間に処理をしてしまう。
 思いを告げてはいけない理由は多くある。だが、告げてもいい理由は一つもない。チトセは罪人であり、逃亡者だった。この生活がいつまでも続くわけではないと知っている。そして、何より、不本意だったとはいえ、不特定多数との体の関係を持った自分には、好意を持つなんてできないと考えていた。
 ぐつぐつと音を立てる鍋の中に、ロケットペンダントを引っ張られた時の映像が映し出される。チトセは涙をこらえ、くちびるを噛み締めた。記憶から消去するほどの絶望だった。母親への愛情を嘲笑され、こちらを見てほほ笑む彼女の写真を見せられながら犯された。
 立派な軍人になったと母親へ報告しろ、と命令され、チトセは薬欲しさにその言葉を口にした。彼らに強要された行為ではなく、薬に屈して自ら犯した恥辱に腹が立った。
 彼らは最後に、チトセのことを川辺まで連れていき、ロケットペンダントをわざと川へ投げた。薬の力で何でもできると思い込んでいたチトセは川へ入ったが、溺れて意識を失い、目覚めた時には、また拘束されていた。
 チトセは口元を押さえ、その場にしゃがむ。嗚咽をこらえても、忘れていたあの記憶を思い出すたび、激しい後悔と悲しみに沈む。
「チトセ」
 ただいま、という声は聞こえなかったが、ルカの足が目に入った。彼は火をとめ、チトセの前に片ひざをつく。
「……緩和剤、飲んでるか?」
 チトセが頷くと、ルカは肩へ触れ、ゆっくりと立たせてくれた。
「いつものか?」
「もう、大丈夫。ごめん」
 幻覚を見ることがあると伝えていた。ルカはチトセを椅子に座らせると、水を運んでくる。
「今日は俺が用意するから、休んでおけ」
 汗で濡れた服を脱ぎながら、シャワーを浴びにいくルカを目で追う。チトセが手伝う仕事と異なり、ルカは力仕事を任されていた。街へも出て、情報を得ているようだが、彼はほとんど教えてくれない。


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