twilight27 | ナノ





twilight27

 薬が効くまで、十分ほどかかる。チトセはひざを抱え、その場に座った。
「悪かった。すぐに戻るつもりだったんだが」
 ルカは床に座り込んでいるチトセの手を引き、ベッドへ寝かせる。
「大丈夫か?」
 そのままベッドへ横になり、目を閉じる。薬が効き始めると、すぐに動悸を感じるからだった。ルカはこたえなかったことに腹を立てたりせず、購入してきたパンを食べ始めた。
 少しずつ、動悸がおさまっていく。チトセは何と言葉をかけていいか分からず、二つ目のパンを食べるルカを見つめた。
「向こうで落ち着くまで、断薬できる状態じゃないことは分かってる」
 ルカはそう言うと、チトセの腹の上にパンを置いた。
「食べたら、髪、切って、少し染めるからな」
 腹の上にあるパンの袋へ触れ、チトセは頷いた。食欲はない。だが、髪を黒く染める準備を始めたルカを見て、彼が戻る気ではないと分かる。
「今ならまだ、罪に問われないかもしれない」
 ルカはバスルームの扉を開け放していた。チトセの言葉を聞き、髪染めの混合液を髪へつけながら、呆れた表情を見せる。
「帝国軍がおまえに罪を被せたことを認めて、再審請求が通るなら、戻ってもいい。だけど、その可能性が絶対にないって分かったから、ここにいる」
 証言が虚偽であり、実際にチトセが負う罪は軽いものだったとしても、軍がその過ちを認めるわけがない。ヴェスタライヒ軍の基地ができ、帝国軍は軍事学校の規模を縮小しているものの、今後は自衛するための組織として存続を許されている。組織の人間は大きく入れ替わっていないため、軍の体質はまだ以前のままだ。
「俺一人が刑に服することで、他の皆が立場や家庭を守ることができるなら、それで」
「自分の価値、分かってるのか?」
 チトセはルカの言葉にうつむく。おまえごときの存在では、誰も救えないという意味だと思った。ルカは徐々に黒く染まっていく髪をすき、まっすぐにこちらを見た。
「これまでの戦争で亡くなった命や、これから先、生きていく人達の平穏な生活を守るために、自分を犠牲にしてるのに、何で自分には価値がないと思うんだ?」
 ルカは息を吐き、「尊く強靭な精神だ」と告げた。それが自分のことを言っているのだと知り、チトセはパンをぎゅっと握る。
「俺は俺の思う通りにやる」
 立てつけの悪い扉が閉まった後、シャワーの流れる音が聞こえた。チトセはベッドへ座り、泣きながらパンを口へ運ぶ。おまえはよくやってきた、と言われたようだった。万が一の時は、すべて自分の責任だと主張すればいい。チトセはそれまでの不確定な時間を、ルカと過ごすことに決めた。

 チトセは北州の西端にある美北郡という田舎にいた。彼の幼馴染が嫁いだという大きな牧場には、牛が放されている。
 チトセは先ほど除糞の手伝いを終え、朝食までの時間、少し休むために放牧地まで来ていた。幼馴染のサクラも、彼女の夫も家族も、チトセ達を快く迎えてくれた。家のそばにある小屋を借り、チトセはルカと寝起きしている。
 ここへたどり着いた頃は、まだ雪が残っていたが、今は緑の季節だった。完全な断薬はできていないものの、どこから仕入れてくるのか、ルカが用意する緩和剤を使い、チトセは少しずつ、薬の誘惑から逃れることができるようになっていた。
 チトセが手伝いを始めたのは、つい最近のことだ。それまでは伏せっていることが多かった。風が吹くと、頬に髪の毛が当たる。チトセは緩んでいるゴムを引っ張り、髪を結い直した。さすがにここまで捜索の手は伸びていないが、ルカはいまだに髪を黒く染め、コンタクトレンズも装着している。


26 28

main
top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -