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vanish57

 遠慮がちに腕枕へ頭を落とすと、要司が左手で頭をなでてくれる。
「電気、消すぞ」
 暗闇の中で感じることができるのは、要司の温もりだった。
「頭痛、ない?」
「はい」
 好きな人の腕の中は心が安らぐ。要司からはタバコのにおいがした。
「こうしてると、眠れそうか?」
「はい……あの」
「ん?」
 慎也は好きという代わりに礼を言った。
「ありがとうございます」
 要司は何も言わなかったが、髪をなでる手は止めない。目を閉じると、不思議なことに眠気が襲ってきて、慎也はそのまま眠った。要司はその小さな寝息を聞いてから、手を止めて、彼自身も眠る。
 
 要司は頭痛薬を飲むなとは言わなかった。ベッドで一緒に寝るようになってから、慎也は夜ちゃんと眠ることができるようになり、体調もそれに比例してよくなった気がする。
 慎也は頭痛薬の箱を指先でいじりながら、かすかな頭の痛みに目を閉じる。頭が痛いと言えば、要司は頭をなでてくれた。そして、彼に頭をなでてもらうと、痛みが治まるのだ。
 甘えたいだけなのか、と思いながら慎也は目を開いて立ち上がる。頭痛薬を救急箱にしまい、朝食の準備をするために台所へ戻った。
 休日の朝、要司は昼まで寝ている。今日は壁の塗装をするから、起こして欲しいと言われていたが、慎也は彼が起きてくるまで待つことにした。毎朝、早い時間から働いているんだから、休みの日くらいゆっくり寝かせてあげたいと思ったからだ。
 朝食というよりは昼食の時間になったが、慎也はトーストにハムエッグといういつもの組み合わせではなく、白飯に焼鮭とみそ汁を作った。卵焼きを焼いていると、階段から要司が下りてくる音が聞こえる。
「おはよ」
 まだ眠そうな声を出して、要司が洗面所へ向かう。
「おはようございます」
 顔を洗ってもまだ眠いと言いたそうな表情で、要司は慎也の手元をのぞき込んだ。
「朝メシ?」
「はい。もう昼ですけどね」
 慎也は卵焼きを手前に寄せた。
「何か運ぶ?」
「大丈夫です。座っててください」
 慎也が振り返って視線を上げると、要司はぽんと頭をなでてきた。それから、髪を指先でくるくるといじられる。
「要司さん。卵焼き、焦げます」
 照れて赤くなる自分を隠すように慎也はくるりと背中を向けた。
 食事をしながら、要司は壁の塗装の段取りを話してくれる。リクライニングソファとテーブルはひとまず台所のほうへ追いやって、テレビボードなどを部屋の中心に置き、床には新聞を敷くと言われた。
「新聞あるんですか?」
「もらってきた。ガレージに置いてある」
 食器を片づけた後、二人で家具を移動させて、新聞を敷いた後、マスキングテープでコンセントの周りや壁の縁をきれいに覆った。
「あー、汚れてもいい服じゃねぇと」
 要司が二階へ駆け上がり、古びたズボンとよれた長袖のTシャツを手渡してくれる。慎也が洗面所で着替えてから居間へ戻ると、彼はもうモスグリーンのペンキをバケツに入れていた。ネットの上でペンキをつけたローラーでしごきながら、量を調整すると、道具箱のようなものから刷毛も取り出して、同じようにペンキをつけた。
 白い壁はすでに要司が洗浄を済ませている。要司は白い壁を凝視してから指先で触れた。
「シーラーっていう下塗り、してるんだけど、日にち経ってるからなぁ。そんな汚れてないよな?」
「はい。俺には真っ白に見えます」
「よし。じゃ、始めるか」
 居間を構成している壁は、テレビ側の大きな壁とその向かい、そして、引き戸の上の部分と台所へ続く部分だ。慎也は要司の手からローラーを受け取った。

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