vanish56 | ナノ





vanish56

 口を動かしていると、要司があぐらをかいていた足を正座へ変える。
「慎也、俺……」
 要司はテレビの横にストックしてあるタバコを手にして、それを開けようとしたが、すぐにテーブルの上に置いた。要司は小さく息を吐いた後、まっすぐ慎也を見つめる。
「暴行事件のこと、タカから聞いてるよな? あの時、俺、好きな子を守れなかった。報復したけど、そんなことしても彼女の心の傷は癒えなかった」
 要司は指先でタバコの箱を叩く。しばらく叩いた後、ぎゅっと手を握り締めた。
「俺達、別に付き合ってなかったんだぜ? ただ俺が一方的に好きだった子なんだ。それだけで、彼女の人生めちゃくちゃにした。人を好きになるのが、怖くなったよ。だから、特定の相手は作らないできた。そうやってすげぇ痛い思いして、経験したのにさ、俺、同じことしてんの。最低だ」
 慎也は視線を落とした要司が彼自身のことを最低だと罵る理由が分からなかった。
「おまえの義理の兄貴に報復したけど、おまえの傷は癒えてないだろ。それに……俺、ずっとあの夜のこと後悔してる。モスグリーンがいいって言う前に、おまえは俺を見た。覚えてるか? あの時のおまえの表情が忘れられない。一瞬だけだったけど、おまえは俺に何か伝えようとした」
「でも、それは……」
 結局、言わなかったのは自分だ。要司は気づけなかったことを気にしているが、あれだけで分かれなんて、とうてい不可能な話だ。
「もし、ちゃんと気づいてたら、おまえ、そこまで苦しまなかっただろう。大事な時にそばにいれなくて、友達なんて笑わせるよな」
 要司はようやくタバコを開けた。中から一本取り出して、指先でいじる。伝えないことで誤解を生むのは怖くて、慎也は思ったことを口にした。
「大事な時っていつですか? 要司さんはいつも、俺が絶望して動けない時、歩けるぞって言ってくれる。俺の前に光をともしてくれる人です」
 要司の顔が赤く染まる。慎也は心の底からわき上がる感情に涙を拭って笑った。
「お、おまえ、よくそんなくさいこと言えるな」
「本当のことですから」
 要司は立ち上がると、タバコに火をつけてから、台所へ行った。冷蔵庫から缶ビールを取り出し、そのままそこで半分ほど飲み干す。
「風呂、まだだろ?」
「はい」
「俺、片付けるから、シャワー浴びてこい」
 慎也はシャワーを浴びて、部屋着に着替えてから、リクライニングソファを元に戻して、テレビを見ている要司に声をかけた。彼は脇に準備していた救急箱を見せて、慎也の左腕を消毒して包帯を巻き直してくれた。
 寝る時間の少し前に、要司が今夜はベッドで寝ると言った。一ヶ月近くも布団で寝ている彼に、慎也はもちろん頷いた。もともとは要司のベッドであり、朝早くから働いていて、疲れているのに、慎也にゆずってくれた場所だ。返すことに異論はまったくなかった。
 だが、寝る段階になって、慎也は初めて要司の言葉の意味を理解した。彼はベッドで一緒に寝ると言ったのだ。
「あの、でも、狭いし、俺、寝相悪いと思います」
「狭いのは仕方ないだろう。ほら、奥」
 要司は壁際へ慎也を追いやり、彼自身はベッドの縁あたりへ体を横にする。
「ダメです。要司さん。そんなとこに寝たら、体、痛めます。俺、布団で……」
 慎也が体を寝かせまいと突っ張っていた腕を、要司がつかんで引き寄せた。ちょうどよく彼の腕の中におさまる形で、体同士が密着する。
「これでいいだろ? これなら、狭くない」
 心臓の音が聞こえそうなくらい近い。慎也が顔を上げると、要司が視線で彼の腕を示した。

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