twilight23 | ナノ





twilight23

 チトセは父親が自分をどんなふうに評したか、聞かなくても分かった。何も聞かずに視線を落とす。
「アラタニ、何か隠していることがあるなら……」
「何も」
 ルカの言葉を遮り、チトセは声を出す。
「何も隠してない。俺に罪を償わせて欲しい」
「何の罪だ? 自分でおかしいと思わないのか?」
 ルカは怒っていたが、自分に対して怒っているわけではなさそうだ。チトセは、小さく溜息をつく。
「あの場で指揮官にふさわしくなかったのは事実だし、皆を不安にさせた。俺は責任を取る立場の人間だ。今回の戦いで出た犠牲は少なかったけれど、その犠牲に対しての償いもある」
 大きな手が肩をつかんだ。チトセはその手を見つめた後、ルカを見上げる。彼の瞳が光を帯びた。
「再審請求するべきだ。それに、おまえの言葉が正しいなら、あの場で責任を問われるのは、大佐達だろう?」
 ウェルチ大佐の言葉通り、ルカは気概のある優しい青年だった。互いの立場や誤解から、気の合う友達になり損ねてしまったが、軍ではなく異なる場所で出会っていたなら、きっといい関係を築けたと思う。チトセはルカの手を自分の肩から遠ざけた。
「父に会ったなら、分かるだろう? 大佐達には家族がある。俺には……待ってる人はいないし、俺がいなくなって困る人もいない」
 チトセは引き出しへ視線を移す。
「どこの国でも、軍は縦社会だ。ここへ来るの、とめられなかったか?」
 ルカはかすかにうつむく。
「上の言うことは聞いたほうがいい。どういう経緯かは知らないが、特殊部隊に入るまで、おまえだってそうとう苦労したはずだ。今の地位を脅かすようなことはするな」
 実直であることは悪いことではない。だが、軍で生きていくには、たとえ間違えていると思うことでも、遂行しなければならない時もある。ルカはチトセの言葉に頷きもせず、こちらを見つめていた。
 チトセはルカが置いていった上着を取り出し、彼へ返す。
「もう、二度と来るな」
 上着を押しつけて、チトセはベッドへ横になる。創作された話のように、泣きながら、「助けて」と言えば、ルカは迷わず手を貸してくれただろう。だが、チトセは最後に残された砦である、軍人であることを守りたかった。それが自分の中に芽生えた彼を慕う心を砕いたとしても、父親に最後まで軍人だったと思ってもらうほうが重要だった。
 ルカが去っていく気配を感じる。チトセは手を伸ばして、引き出しを引いた。シガレットケースを胸元へ引き寄せ、中から錠剤を一錠だけ取り出す。
「……待ってる人も、ない、いない」
 だが、きっと夢の世界では違う。この薬で見られる夢の中では、会いたい人に会える。もう断薬をする必要はない。現実世界のほうが、チトセには辛かった。見たこともないほど明瞭な虹と、紫に色づいた藤棚が見える。ベンチには女性の姿があった。目を閉じると、目尻から涙が流れていく。
 女性の隣へ座ると、彼女はチトセを腕に抱いてくれた。心が満たされていく。ずっと求めていたものだ。
「おい、起きろ!」
 ヴェスタライヒ軍の兵に腕を引かれる。チトセは目を開けたが、目の前にはまだ夢の世界が広がっていた。扉の近くにいた兵が、引き出しの中を探り始める。
「ウェルチ大佐の言った通りだ」
 強く引っ張られて、チトセはベッドから床へと押しつけられた。
「暴れるかもしれないから、拘束して行こう」
 夢うつつに、チトセは刑務所へ戻されるのだと悟った。抵抗する理由はない。悲しいと思う理由もないのに、涙はとまらなかった。


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