twilight22 | ナノ





twilight22

「ルカはおまえ達、帝国軍人に強姦されて生まれた子だ」
 鎮痛剤を摂取し始めてから、時おり、おかしな耳鳴りや頭痛が生じた。チトセはウェルチ大佐の言葉も、聞き間違いだと思った。そうであって欲しいと願った。
「あの子がこの国で味わった辛苦は、はかり知れない。帝国学校へ入るのも、入ってからもそうとう苦労した。耐えてきたのは、ひたすらこの勝利のために他ならない」
 チトセが歯を食い縛り、感情が噴出するのをこらえていると、ウェルチ大佐がシガレットケースを投げた。アルミ製のケースが、チトセのひざの上に乗る。
「あの子は優しい。真実を知れば、君のために力を貸そうとするだろう」
 ウェルチ大佐が中身を開けるよう、ふたを開ける仕草を見せる。チトセは寒い部屋にも関わらず、汗をかいていた。ケースの中身を見て、くちびるを噛む。
「……軍事裁判の判決が覆ることはない。どうか軍人として生きて欲しい。君のお父様もそう望んでいるはずだ」
 ウェルチ大佐が去った後も、チトセはシガレットケースを手にしたまま、ベッドへ座っていた。中身はBETWだ。軍人らしく、というのはこの場合、錠剤で口をつぐみ、夢の世界で生きろということだ。
 チトセはふたを開けて、白い錠剤を見つめる。鎮痛剤では、母親に会えない。指先でつまんだBETWを目の前まで持ち上げた。飲んでしまえば、楽になるだろう。だが、断薬するまでの苦しみを忘れたわけではない。
 引き出しを引き、チトセは鎮痛剤を取り出す。BETWの代わりに、鎮痛剤を口へ入れた。ベッドへ横になり、目を閉じると、涙が頬をつたっていく。チトセは自分を憐れむより、ルカの辛苦を思った。
 ルカの人生に比べれば、自分はとても恵まれている。囚人となった今でさえ、軍人としての責務をまっとうしていると言える。チトセがきちんと刑に服すことで、他の帝国軍人が救われている。そう考えないと、心は平常を保てない状態だったが、自分が何を望んでいるのか、チトセ自身、分からなかった。

 ウェルチ大佐の言葉通り、ルカは翌日に訪ねてきた。昨日、BETWの代わりに取っておいた鎮痛剤すべてを飲んでしまったため、チトセは朝から看護師の一人へ口で奉仕していた。一錠だけ飲み、眠くなるまで筋力トレーニングに勤しんだ。
 ノックの後、私服姿のルカが入ってくる。彼は筋力トレーニングをしているチトセを見て、「元気そうだ」とかすかに笑った。笑いかけられたことに、チトセがあ然としていると、彼は扉が閉まっていることを確認して、こちらへ寄る。
「どうして嘘をついたかは聞かない。知りたいのは真実だけだ」
 床へ座っていたチトセは、ゆっくりと立ち上がる。背の高いルカを見上げると、彼の瞳に射られ、視線を外せなくなる。
「飲まされたのか?」
 たとえば、ルカに真実を話す。彼の協力で自分の無実が証明されたとする。だが、チトセはよく理解していた。家へ帰ったら、父親に何と言われるか、すぐに想像できた。
「……自分で飲んだんだ……あれの時、すごく気持ちよくなるって聞いてたから」
 ルカの瞳が一瞬、かげる。
「買った場所なんて、よく覚えてない。おまえが言ったように、俺は重圧に負けた。だから、せめて、今はここで罪を償いたい。最後まで、軍人でありたい」
 分かるだろう、と語りかけると、ルカは否定も肯定もせず、ただこちらを見ていた。
「もう刑務所へ戻してもらって構わない」
 鎮痛剤が回ったきた。チトセはベッドへ座り込む。
「アラタニ」
 目を閉じたら、そのまま眠ることができそうだった。ルカの声に、チトセは顔を上げる。
「おまえの家へ行ってきた」
 ルカは、チトセの父親に会ってきた、と続けた。


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