twilight21 | ナノ





twilight21

 断薬できたら、刑務所に戻されるのだと思っていたが、チトセはまだ病院にいた。カウンセラーは、完全な断薬は難しいと言っていた。刑務所内にBETWはないが、代わりの薬物があふれているため、その誘惑に負ける可能性が高いそうだ。刑務所に戻ってしまうと、カウンセリングの時間も制限されるため、入院はしばらく続くと伝えられていた。
 チトセがくちびるを指先で拭い、立ち上がると、看護師がポケットから鎮痛剤を二錠、差し出した。ここにないのは違法の薬だけだ。シートから一錠だけ取り出して、口の中へ入れる。
 ルカを最後に見てから三週間が経つ。彼がかけてくれた上着を引き出しから引っ張りだした。ゆっくりとベッドへ向かって歩く。軍人であるという矜持だけで、衰えていた筋力を取り戻していた。
 まだ走ることは難しいが、自力でトイレまで行けるようになったため、おむつからは逃れることができた。チトセはルカの上着を毛布へ重ねて、目を閉じる。薬が欲しいという強い衝動はない。ただ、痛みから逃れる何かが必要だった。
 BETWの時とは違い、鎮痛剤から得られる幸福感はない。目を閉じても、虹はなく、母親も出てこない。ぐるぐると円を描くイメージが延々と繰り返され、その円はしだいに歪な円になり、はみ出していく。
 ロケットペンダントはどこで失くしたのだろう。チトセは右手で胸を探る。
「あれは……」
 失くしたのではなくて、没収されている。勢いよく起き上がると、毛布の上にあった上着がベッドから落ちた。チトセはベッドから下りて、立とうとしたが、そのまま脱力したように両ひざをついた。手を伸ばして上着を引いた時、ちょうど這うような姿勢になった瞬間、衝撃が走ったかのように、頭が痛くなる。
「っや」
 チトセは頭を押さえて、光の先にあるぶれた光景から目をそらした。思い出したくない。上着を引き寄せたつもりだった。だが、手首には縄が見える。自分の胸元へたぐり寄せられない上着を見つめながら、チトセはぎゅっと目を閉じた。
「チトセ・アラタニ?」
 誰かが肩へ触れた。チトセは声のほうを見上げる。明るいブラウンの髪とグレーの瞳を持つヴェスタライヒ人が、こちらを見ていた。
「失礼、体調が悪いなら出直すと言いたいところだが、少し話がしたい」
 帝国の言葉をよどみなく話す男は、気さくな笑みを見せた。チトセは彼の声を聞いたことがある。
「ウェルチ大佐……」
 男は意外そうな表情をした。それから、破顔して、いつまでも座り込んでいるチトセを立たせてくれる。
「さすがだな。声だけで俺だと認識した。俺の声を聞いたのは、刑務所からここへ移動した時だけだろう?」
 チトセは頷かず、視線を落とす。
「なるほど、BETWは抜けたようだ」
 ウェルチ大佐は大きな体を揺らし、一つしかないパイプ椅子へ座った。チトセは手にしていたルカの上着を毛布の上へ置き、ベッドへ腰かける。
「新高明通りの裏で薬が売買されていたのは、四、五年前の話だ」
 チトセはこちらを射るグレーの瞳に、拳を握った。
「その嘘を責めているわけじゃない」
 ウェルチ大佐はちらりと、扉のほうを見た。
「明日か明後日に、ルカは君を訪ねてくるだろう。あの子も君に劣らず有能なんだ。新高明通りの裏と聞いた時から、その嘘を疑った」
 チトセは小さく息を飲み込む。
「そして、賢明で気骨がある。ルカは君の嘘そのものより、何が君に嘘をつかせたのか、気にしていたよ」
 シガレットケースを取り出したウェルチ大佐は、吸えないことを理解しているのか、指先でケースのふたを叩くに留まった。
「ルカの母親はヴェスタライヒ人だと知っているだろう?」
 チトセが頷くと、彼は話を続ける。


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