twilight19 | ナノ





twilight19

 左頬に乾いた音が走る。軽く頬を叩かれ、チトセはルカの瞳へ焦点を合わせた。ルカの手が支えなければ、チトセは立っていられない。そのことに気づいた彼は、眉間にしわを寄せた。
「水が怖いことは知ってるが……そんな精神だから、薬なんかに手を出すんだ」
 チトセは反論できず、ただルカを見つめ返す。ルカの視線はチトセのつま先から瞳までを二往復した。
「……リハビリ途中だと思うが、借りるぞ」
 ルカの言葉に皆、頷き、彼はチトセの腕を引く。うまく歩けず、バランスを崩すと、彼はチトセを抱えた。
「リハビリもカウンセリングも進んでないそうだな」
 チトセの個室へ入ったルカは、窓とは反対側にある冷暖房器具を見上げ、チトセをベッドへ座らせた。医者がするように両腕の手のひらを見て、目の下や頬へ触れ、体へ触れてくる。冷えきった体に、彼の熱い手は心地よかった。
「こういうのを悲惨って言うんだ」
 ルカは引き出しの中を確認した。薄手の服しかない。冷暖房器具は元から切られており、リモコンを操作しても無駄だった。彼は、チトセに新しい服を着せ、彼の着ていた上着を被せる。
「薬が抜けたなら、いつだって刑務所へ帰してやる。敵だった国で異質な存在として、生傷を増やすか、味方のペニスをくわえながら生きるかの二択だ」
 チトセの足にあった内出血を軽く押したルカは、そう言って笑った。その笑みはごく自然で、まるで友人に向けた笑顔のように見えた。無論、彼が自分を軽蔑していることも、今の言葉で馬鹿にしたことも分かっている。だが、場違いなほど、チトセはその笑みに魅入った。
 これまで話しかけても遮られて、無視されていたからかもしれない。チトセは、小さく口を開いた。
「カトウ、は、ちゃんと、手当て、受けた?」
 肺炎を起こしていた兵のことを問う。ルカは意外だったのか、少し目を見開いた。
「あぁ。レイズですぐに適切な処置をして、今も元気にしてる」
「タカサトは?」
「あいつは恋人と籍を入れた」
 今度はチトセが驚く番だった。ルカはかすかに笑う。
「おまえ、何か勘違いしてるな。タカサトと俺の間には何もない」
 チトセは自分の小隊にいた兵達のその後と、彼が知る限りの近況を聞き、誰も命を落とさなかったことに安堵した。
「最後、一つだけ」
「あぁ」
 椅子に座っていたルカが、足を組み替える。チトセは彼の瞳を見つめた。
「シオザキは、最初、から、ヴェスタライヒ軍だった?」
 ルカが頷くのを見て、チトセの喉は熱くなった。ヴェスタライヒとは何度か争っているが、その中でも過去に二回、大きな戦争があった。二度目の大戦はチトセの父親が活躍した。あの頃、帝国内ではヴェスタライヒ人や彼らの血を引く者達に対して、激しい差別があった。
 ルカは帝国を恨みながら、それを隠し、従うふりをしてきたのだろう。辛い幼少期を過ごしてきたはずだ。チトセ自身はその時代の後に生まれているが、少なくとも今回の争いでヴェスタライヒが勝つまでは、学校でも軍でも市街地でも、差別の風潮は残っていた。
 そして、その差別を助長していたのは軍の人間だった。ルカが自分を嫌う理由が分かる。アラタニ家は軍人家系だ。自分には少尉という階級で、他の兵達の命を預かるほどの才能はない。ただ、アラタニ家の長男だから、その恩恵を受けた。
 ルカのような苦労人が、自分を好くはずがない。
「……どうして泣くんだ? まさか裏切られたと思ってるのか?」
 チトセは指摘されて、自分の頬を指で拭った。好かれるはずがないと思うと、苦しかった。
「俺からも一つ、聞いてもいいか?」


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