twilight16 | ナノ





twilight16

 ルカは駐車場に駐車していたヴェスタライヒ軍の軍用車へ、チトセを乗せた。彼自身が運転席へ回り込み、ハンドルを握りながら、車内電話を呼び出す。後部座席で横になっていたチトセは、強烈な吐き気を覚えていた。
「SO3125812、ルカ・シオザキ……」
「ルカ? どうした?」
「フクモリ看守長の報告書に嘘がありました。チトセ・アラタニを連れて、基地へ戻ります」
 久しぶりに自分の名前を聞いた。チトセは気分の悪さをこらえ、窓から入ってくる光から顔を隠す。ルカはヴェスタライヒ語を流暢に話した。
「何だ? 医者と病室の手配をしたほうがいいのか?」
 相手の男はルカの言葉に取り乱すことなく、淡々と返す。
「お願いできますか? それと、許可証なしで連れ出したので、フクモリ看守長へ連絡を入れてもらえれば、騒ぎが小さく済むと思います」
 男は、「了解」と笑い声を立てて、電話を切った。車が少し揺れた後、一旦停止する。運転席の窓の外から、ヴェスタライヒ語が聞こえてくる。
 ルカほどではないが、チトセもヴェスタライヒ語を学んでいた。予測は確信に変わる。ルカはヴェスタライヒ軍の関係者だった。自分の小隊にいた時からなのか、もっと前からなのか分からないが、彼は今、帝国側の人間ではない。
 動き出した車は右へ大きく迂回した後、また停車した。ルカは運転席から降りると、後部座席の扉を開け、チトセの体を抱える。
「ぅ、や……」
 チトセは腕で頭を抱えるようにして、まぶしい光から逃れる。
「暴れるなよ」
 ルカがチトセをそっと後部座席へ戻し、羽織っていた制服の上着を頭へかけてくれる。それから、彼はチトセを抱え直すと、病院の出入口へ入った。
「ウェルチ大佐から連絡があったと思うんだが」
 ルカが受付で切り出すのと、看護師が彼を呼んだのは同時だった。
「ここへどうぞ」
 看護師に示された車椅子へ乗せられる。チトセはルカの上着へ触れ、そっと視線を上げた。廊下を進み、エレベーターホールへと押されていく。病院関係者や見舞い客と擦れ違い、そのたびに、視線を落とした。
「後でカルテが届く。先に言っておくと、彼はBETWを摂取してた、いや、今もしてる」
「拘束が必要になりますね。摂取の期間はご存知ですか?」
「……十八から二十ヶ月の間くらいじゃないか」
 頭上で飛び交う声が遠くなる。チトセは睡魔を払うため、体を動かそうとした。複数の手が伸び、動かそうとした体を押さえつけてくる。チトセの視界に、拘束具が入ってきた。
「っう、い、ぃ」
 眠りたくない。また薬を打たれてしまう。チトセは必死に抵抗したが、衰弱した体では力も足りず、すぐに左腕をつかまれた。
「いや、く、くすり、い、あ」
 チトセは足のほうに立っているルカを見た。彼は少しの間、チトセを見つめ、注射器を手にしている医者へ告げる。
「BETWが抜けるまで、舌を噛まないように口にも拘束具をつけたほうがいい」
「分かりました」
 ルカは言い終わると、振り返りもせずに部屋を出ていく。注射器の中の薬液が血液の中へと入っていくのを、チトセはぼんやりと眺めた。まぶたが重くなる。看護師達に口枷をはめられた。
 場所が変わっただけだ。瞳を閉じても虹は出てこない。暗闇がどこまでも続いていた。
「アラタニって、敗戦して降伏宣言が出てたのに、レイズへ侵攻しようとしたあの元少尉だろ?」
「包囲されても、帝国陸軍二百人を無駄死にさせようとしたって、書かれてたわね。こんなにやつれて……」
 自業自得、と聞こえた気がした。


15 17

main
top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -