twilight15 | ナノ





twilight15

 口を大きく開けさせられ、噛む必要のない流動食を中へ入れられる。チトセがなかなか飲み込まずにいると、看守の一人が口元を手で覆い、鼻をつまんだ。呼吸をするには、口の中のものを飲み込むしかない。喉が動くのを確認した彼は、器の中身が空になるまで、同じことを繰り返した。
 ルカを見た日から、どれくらい経過したのかは分からない。看守の一人が、もうすぐ一年になると言っていた。前後の会話から、おそらく自分がここへ収監されてから一年ということだろう。
 注射器を使い薬を打たれた後は、恍惚状態が続くが、それを越せば、眠るまでの少しの間、正常な思考を取り戻すことができた。チトセはその間に、自分の状況を見つめ直し、耳にした会話から総合して、帝国はヴェスタライヒに負けたのと判断した。
 そして、自分はおそらく軍事裁判にかけられた。イトナミ大佐はここ数ヶ月、来ていない。拘束され、ほとんど動けず、薬を与えられている体は危ない状態だった。
 もともと痩せ気味だったが、筋力の衰えと同時にこけた頬や目の下のくまは、チトセの本来の美しさを消してしまった。チトセの体をもてあそんでいた看守達は、数ヶ月前からチトセを抱かなくなり、機嫌が悪いと暴力を振るうようになった。
 チトセは目を動かして、眠気を払おうとする。眠ってしまえば、次に目を開ける理由は、体が薬を欲するからだ。絶望の中にあっても、死を望まないのは、それが不可能だからではない。
 一度も会いに来ない父親は、死を望む人間を弱いと評価していた。限界を超えそうでも、自分自身の意思を制御できる強靭な精神を持て、と言われた。チトセが長い間、薬によって自我を蝕まれていない理由は、ただひたすら父親の望む息子でいたいと思っていたからだ。
 海軍に入隊できず、期待を裏切ったのだから、陸軍では精いっぱい活躍して、父親に認めて欲しかった。帝国陸軍の第三小隊を率い、少尉としての任務をまっとうしたからこそ、軍事裁判の判決を受け、ここに収監されている。きっと父親は、自分のことを最後まで帝国軍人として戦ったと認めてくれるに違いない。
 チトセは目尻から涙をこぼした。ぎゅっと拳を握り、目を開ける。都合のいいように解釈してはいけない。父親が会いに来ないということは、彼にとって自分は存在していないということだ。
 声を上げて泣くのはみっともない。嗚咽を漏らすな、と言われて育ったチトセは、あふれる涙と感情を深呼吸で抑え込んだ。
 扉が開く音がしても、チトセはもう期待を込めた瞳で見たりしない。言い争うような声に続いて、看守の足音ではない、乾いた音が響いた。足早に駆けてきた足音の持ち主は、懐かしいヘーゼルの瞳でこちらを見下ろす。チトセは苦しげな表情をしたルカを初めて見た。
「どういうことだ! 拷問したのか?」
 ルカの怒声に、看守達は首を横に振る。彼はすぐにこちらへ視線を戻し、チトセを拘束しているバンドを外し始めた。
「半年前には薬から抜けたと言ってただろう! 中和剤を打って、個室から六人部屋に移したと報告を受けたぞ」
 ルカの手が口の拘束具を取り外す。聞きたいことも言いたいことも山ほどあった。だが、チトセはくちびるを動かすことができない。ルカの腕が体へ回った。横抱きにされたものの、体中が痛む。
 眠ってしまいたかった。だが、眠れば、次に起きた時に薬を求めることになる。チトセは痛みと戦い、自由になった指先で耳を引っ張ろうとした。その時になって、指先に触れた長い髪に気づいた。
 時間の経過を意識する。開いたくちびるから、かすかに嗚咽が漏れた。
「そこをどけ」
 ルカはチトセを抱えたまま、扉の前に立つ看守達を一蹴する。
「囚人を外へ出すことは許されません」
「見て分からないのか? 生死に関わる状態だ。上への報告は俺がする」
 何度かルカを制止する声がした。彼は、「ヴェスタライヒ領に連行する」と言い返し、追ってくる看守達へ背を向けた。
「っん」
 外は驚くほどまぶしい。すぐに肺を満たした熱気に、季節は夏なのだと知らされた。


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