twilight9 | ナノ





twilight9

 草をかき分け、川辺まで出たチトセは、胸ポケットに忍ばせていた煙草に火をつけた。川は流れが速く、川面は黒く見える。雲に隠れてしまいそうな三日月を見上げて、煙を吐き出した。
 先ほどテント内に用意されていた水で、顔や口の中を洗ったものの、臭いが取れていない気がした。チトセはせき込みそうになりながら、煙草を吸い、煙を吐き出す。涙が目尻からあふれたが、吸い慣れていない煙草のせいだと考えた。
 気配を感じて振り返ると、ルカが立っていた。あと数時間で夜明けだ。第三小隊は昨日合流したばかりのため、監視役からは外されている。皆、ようやく合流できた安堵感もあり、テントの中で熟睡しているであろう時間だ。
 ルカは煙草を手にしているチトセを一瞥して、ぬかるんだ川辺へ近づき、タオルを浸した。それをしぼり、その場で服を脱ぎ始める。チトセはもう短くなった煙草を足元へ落とした。
 話しかけて、いつものように遮られるのが怖い。そして、今は声を出したい気分ではなかった。煙草の臭いで消せると思っていた生臭さは、喉の奥に張りついたようで気持ち悪い。
 チトセに背を向けて、下着一枚になったルカは、しぼったタオルで体を拭き始める。羨ましくなるほど、均整の取れた体だった。三十キロ以上の荷袋を背負っても、顔色一つ変えない彼は、タオルで丁ねいに体を拭いていく。タカサトは彼に抱かれている。そう考えた瞬間、チトセはうつむいた。
 足元にあった火の消えている煙草を踏む。劣情など卑しいものだ。今しがたまで自分が大佐達へした行為を考えれば、いっそう醜い。チトセは足早にテントへ戻った。

 チトセは一人息子だった。父親は母親が亡くなってから、幾人かの女性を愛したが、どの女性も妊娠しなかった。アラタニ家は代々、男が一人しか生まれない。祖父から聞いたことがあったものの、チトセは信じていなかった。
 父親も同様だ。一人息子はアラタニ家を継ぐには軟弱すぎると判断し、一時期、複数の女性と同時に付き合っていた。だが、子を宿さないと分かると、今度はチトセを責めた。
 早く大人になり、結婚して、孫の顔を見せれば、許してくれるかもしれない。自分の子どもが自分より優秀であれば、父親が振り向いてくれるかもしれないと考えたことがある。
 だが、チトセは二十四歳になった今でさえ、異性と付き合ったことがなかった。軍事学校にいると、出会いの機会がほとんどないと言われるが、社交界ではこちらから声をかけなくても、見合いの話を持ってこられた。だが、たいてい親同士の話し合いになり、父親が先に断ってしまう。
 いいな、と思う子はいても、まず父親の許可がなければ何もできない。家族の写真を愛しそうに眺める兵を見て、チトセは家族を持つことが夢だと言ったことがある。彼女ができて、子どもを作って、家庭を築くのが、チトセの大きな夢だった。
 ぼろぼろとあふれた涙もそのままに、チトセはイトナミ大佐が与えてくる衝撃に耐えた。彼は大きな手でチトセの背中を叩く。乾いた音が響き、簡易ベッドがきしんだ。
「今まで誰も手をつけなかったなんて、信じられないな」
 裸にされ、アナルの中を洗浄されたチトセは、すでに暴行を受けていた。相手は大佐だから、という考えは、口淫でしのげなくなった時点でやめた。精いっぱいの抵抗も、暴行を受け、縛られて封じられた。
「自分の周りには品位のある人間しかいません」
 縛られている両手で、切れているくちびるの端を拭う。キリタ大佐の右ひざが鳩尾に入った。横に倒れた状態で聞き慣れない音に視線を向けると、イトナミ大佐がシートから錠剤を押し出していた。
 何の薬かは分からない。チトセは外にいる兵へ、助けを求めようとして、諦めた。今夜で三日目だ。チトセの声は外にいる兵にも聞こえているはずだ。ここでは大佐達がすべてであり、チトセが今の姿のまま逃げても、誰も助けてはくれない。


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