vanish55 | ナノ





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 ビニール袋から何か取り出すような音がして、慎也は目を開いた。電気がついている。テーブルの向こうに要司がいた。彼が買ってきた惣菜を並べている音だった。
「おかえりなさい」
「あ、起きた? ちょっと早めに上がれたんだぜ」
 時計を見ると、十八時半になるところだ。要司はすでにシャワーを浴びている。仕事帰りに買い物をして、シャワーまで浴びたのなら、彼はずいぶん早く上がれたようだ。
「肉をあんまり食べないおまえのために、サラダも買ったけど、俺、肉基準だから、うっかりこれ選んじゃった」
 ローストチキンサラダ、とシールの貼られたサラダボックスを見せられて、慎也はほほ笑んだ。笑顔を見た要司は安心したように肩の力を抜く。
「少しは休めたか?」
「はい」
 ほんの数時間だが、慎也は悪夢を見ず、本当に眠っていた。
「じゃ、麦茶、取ってくる」
「俺が行きます」
 慎也は立ち上がると、グラスを二つと麦茶を取り出す。
「そろそろ、ホットカーペットみたいなの、敷こうと思ってるんだよな」
 とんかつ弁当を食べながら、要司は話をする。慎也には五目炊き込みごはん弁当を買ってくれた。おかずに揚げ物が少なくて、慎也は無理なく食べることができる。
「もちろん、冬はこのテーブル、こたつになるから」
「カーペットにこたつ? ですか?」
「え、何で語尾上げんの? 普通だろ?」
 慎也は箸を止める。
「俺、いつもエアコンだけでした。でも、あったかいですよ?」
「あー、おまえも今年からこたつ派になるぞ。すっごいあったかいから。夜、テレビ見ながらここで寝るだろ? 朝、仕事行きたくなくなるくらい、あったか気持ちいいから」
 力説する要司に慎也は笑みをこぼす。
「その前に、壁。今週末、するか? モスグリーンって言ってたから、いちおう用意してある」
「本当に手伝っていいんですか?」
 サラダからローストチキンを取って食べながら、要司は頷く。
「むしろ手伝え。たぶん、タカと持田って分かる? あ、持田はちゃんと紹介してないな。石橋と三上は分かるよな。あいつらは同じ事務所なんだけど、持田はまた別の工務店で働いてて、東高仲間なんだ。一回は会ってると思う。おまえがタカんちに泊まりいった日、ここで三人、飲んでただろ?」
 慎也はおぼろげな記憶をたぐり寄せた。何となく分かるが、明確には思い出せない。そして、慎也にとってはその人物がどんな人間かということは重要ではなかった。
「皆に、事務所の人達に……写真とか、見られた?」
 慎也の出した話題に要司も箸を止める。
「最初の一回は見られたかもしれない。でも、その後は見られてない」
「要司さん、も、見た?」
「意識して見てないけど、はがす時に見たっていうのが正しいな」
 それが嘘ではないことは要司の目を見れば分かる。握った拳がひざの上で震え始めた。聞かなくてもいい。聞かなくても、こうして一緒にごはんを食べていることで、要司がそれを見て、どう思ったか分かる。彼は自分を軽蔑していない。だが、他の人間、とりわけ写真を見たかもしれない人間には会いたくなかった。
「塗装は二人でするか?」
 慎也が頷くと、要司も頷いた。
「分かった。な、慎也」
 ローストチキンをつかんだ要司はそれを慎也へ差し出した。
「あーん、して」
 ためらうと、要司は箸の先のローストチキンを慎也の口元へ近づけてくる。
「最後の一切れ」
 仕方なく口を開けると、要司がローストチキンを食べさせてくれた。

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