vanish54 | ナノ





vanish54

 壁に手をついて立とうとしたが、ちょうど頭を便器に突っ込める位置で座り込んでいた慎也は、何度目かの吐き気に便座へ手をついた。ぐらぐらする意識の中で、慎也はまた要司に迷惑をかけると思った。だが、彼はそんなこと少しも迷惑じゃないと言い、優しく抱擁してくれるだろう。
 そう考えた自分を嫌悪する。まるで彼の同情が引きたくて、こんな馬鹿げたことをしているみたいだ。慎也が立とうとしたところへ、要司が入ってきた。
「慎也!」
 要司は慎也の体を抱えて、トイレから連れ出してくれる。リクライニングソファに横になるように言われ、慎也は素直に従った。要司の視線がテーブルの上に注がれる。
「頭、痛いのか?」
「もう大丈夫です」
 思ったよりも元気そうな声が出て、慎也は自分自身に安堵した。要司が頭痛薬の箱と空になっているシートを手の平で握りつぶした。
「俺は馬鹿か……」
 要司は独白すると、座った状態からひざ立ちになり、慎也へ近づいた。手についた塗料を太股あたりで拭いてから、慎也の額に触れる。
「あの」
「ん?」
「要司さんは馬鹿じゃありません」
 自分のほうが馬鹿なことをしている。そう言いたかった。
「いーや、馬鹿は俺だ。タカんちにあったもう一つのものの存在、すっかり忘れてた。慎也、おまえ、眠れないのか?」
 頷くと、要司は額から手を離した。
「ごめんな。気づかなくて」
 要司は立ち上がり、トイレの水を流した後、テーブルの上を片付けて、二階へ上がる。すぐに下りてきた彼は、ブランケットを手に持っていた。それを慎也の上に被せる。
「休みにできればいいけど、昼休憩終わったら戻んないといけないから、とりあえず、ここで横になってろ。まだ頭、痛いか?」
 慎也は視線をそらした。嘘をつきたくないが、頭が痛いと言ったら、要司を困らせるだけだ。
「俺、信頼されてねぇな」
 苦笑いした要司が、テーブルをテレビ側に押して、慎也を乗せているソファを力任せに引っ張った。
「わっ」
 慎也が驚いて態勢を崩すと、寝転べ、と言われる。素直に寝転ぶと、要司が覆い被さるようにソファの背もたれをつかんだ。
「よっと」
 かけ声とともに背もたれの部分が倒れる。
「これ、リクライニングだから。どうだ? 寝やすくなった?」
 頷くと、要司も隣の床部分に寝転ぶ。急接近する顔に慎也がどきどきしていると、彼はそっと手を伸ばして、慎也の額をなでた。額から頭へ、頭から髪の間を指先が抜けていく。
「目、閉じてろ。今日はもう晩メシ、用意しなくていいからな」
「え、できます。用意します」
 慎也は目を開いて、要司を見上げた。
「こら。目は閉じてろって言っただろ。早く上がれそうだったら、上がってくる。俺が帰るまでここで目を閉じて、体を休めるんだ。分かった?」
「要司さん、もう戻らないと。迷惑ばっかりで、すみっ」
 謝罪が途中になったのは、髪をなでていた要司が額を軽く叩いたからだ。
「俺が風邪引いたら、おまえ、俺のこと放っておけるか? 放置できないだろ? それと一緒。他人に迷惑かけないで生きてる奴なんかいない。でも、迷惑かけられてる奴らはそれを迷惑って思わないんだよ」
 慎也は胸に込み上げてくる熱い思いを飲み込んだ。
「それに俺、三十秒あれば昼メシ食べれるからなぁ」
 涙を流す代わりに笑うと、要司も笑った。
「あと十五分はいられるから、目、閉じてろ」
 要司の指先が髪へ触れて、頭をなでられるたび、慎也は頭痛が治まるのを感じた。深呼吸するように息を吸って吐いて、それを繰り返すうちに意識が落ちた。

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