vanish53 | ナノ





vanish53

 冷めてしまったコロッケを電子レンジで温めて食べた後、要司がシャワーを浴びるために風呂場へ行ってしまった。慎也は後片付けをしながら、幸せに浸っていた。
 確かに要司と自分の気持ちは同じではないが、彼はそれを認めた上で時間をかけようと言った。彼は慎也の描く彼より、ずっと上を行く。こんなふうに優しくされたことは、今まで一度もない。もしかしたら、慎也を励ますための嘘かもしれないが、それでもいいと思えるくらい、慎也は嬉しかった。
 シャワーを浴びて出てきた要司が、伸びをしながら、台所を通り抜ける。
「俺、明日は六時に現場集合だから、今日も早めに寝るな」
「はい」
 要司はしばらくテレビを見た後、あくびをして立ち上がる。慎也は水を入れたグラスを先に二階へ持って上がった。隠してある頭痛薬の箱を確認する。まだ一錠も出していないシートが一枚入っていた。今は頭痛がなく、今夜は飲まなくてもいいと思えてくる。さっきの時間を思い出すだけで、胸が温かくなり、自然とほほ笑みが浮かんだ。
「慎也」
 ノックの音で我に返った慎也は、頭痛薬を枕の下へ隠して、扉を開けた。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
「あ、まだ下、行く? 全部、消してきた」
「いえ。俺ももう寝ます」
 幸せをベッドの中まで持っていって目を閉じた。眠ることができる。強張らせていた体の力が抜けていくのが分かった。

 ぎゅうっと手首に絡みついたのは、葵の手だった。目の前に葵がいる。助けを呼ぼうとするのに、声が出ない。黒いゴム製のギャグが口に装着されていた。嫌だ、と目を閉じようとする。アナルに直接伝わる振動に驚いて体を揺らした。おまえはこれが大好きなんだ。そう言われて、何度も何度も頷く。おまえは普通のセックスなんかに満足できない。ローターを入れられたまま、葵のペニスを受け入れた。淫らな言葉で責められても、慎也のペニスは射精を繰り返した。
 葵に抱かれている自分を見た慎也は、手に握っていたカッターナイフを自分へ向けた。嫌なくせに、怖いから従って抱かれている自分は醜い。慎也は葵に犯されて喘ぎ、欲望を放ち続ける自分をナイフで突き刺した。

「……っ!」
 目を開くと、暗闇が広がっていた。汗で濡れた額に腕を置いて、慎也は深い溜息をつく。夢だった。電気をつけて時計を見ると、まだ横になってから一時間ほどしか経っていない。慎也は枕の下から、頭痛薬を取り出して、水とともに飲んだ。
 夢を見ないくらい深い眠りにつきたい。無意識に指先がシートから錠剤を押し出す。葵のくれた精神安定剤が欲しいと思った。そして、そんなことを考えた自分に腹が立った。ベッドへ戻り、電気を消す。目を閉じても眠くならない。慎也はそのまま朝を迎えた。

 慎也は要司を送りだした後、彼からもらう食料費をやり繰りして買い溜めしている頭痛薬を飲んだ。しばらく意識がもうろうとして、ひどい時には嘔吐したが、うまくいけばほんの数時間、眠ることができる。夕食だけ一緒に食べて、朝と昼は何も食べなかった。土日は適当にごまかして、体調不良がばれないように気をつけた。
 だが、慎也の無謀な演技は要司にはまったく通用していなかった。夜、悪夢を見始めてから二週目の水曜に、彼は予告せず、昼に戻ってきたのだ。慎也は原付バイクの音に気づき、テーブルの上に置きっ放しの頭痛薬やグラスを片づけようとした。立ち上がろうとして、自分が今、トイレにいることを理解する。

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