vanish52 | ナノ





vanish52

 髪をなでていた要司の手が、背中へ回り、背中をとんとんとさすっていく。慎也はしゃっくりを上げながら、泣き続けた。すでに泣き疲れて、ぐったりと彼の胸へ頭をあずけていたが、彼は何も言わず、ただ背中をさすり続けてくれる。
 このまま眠ってしまいたいと思った。慎也は最近ちゃんと寝ていないため、睡眠への欲求はあった。だが、目を閉じても眠くならず、要司のにおいを意識してしまう。涙と鼻水で汚した彼の作業服の裾をそっとつかんだ。
「落ち着いたか?」
 慎也は小さく頷き、顔を離す。うつむき加減で作業服を見ると、やはり汚していた。申し訳ない気持ちから謝る前に、要司が立ち上がる。驚いた慎也が体を揺らすと、彼はごめん、と優しく言った。
 要司は救急箱と濡れタオル、そして麦茶をグラスに入れて持ってきてくれた。
「ほら」
 濡れタオルを目に当てられて、慎也は自分の手でそれをつかむ。
「水分補給もしろ」
 言われるままに麦茶を一口飲んだ。
「左手、見せて」
 慎也は右手で濡れタオルを押さえて、左手を要司に差し出す。彼は手際よく傷口を消毒してくれる。こっそりタオルをずらして、彼のことを見た。彼の視線は傷口に注がれており、髪の先が時おり、頬に当たる。
「タカのところにカッターナイフ、隠してたよな。おまえは自分を弱いって言うけど、本当はすげぇ強いよ」
 ガーゼを切る手を止めて、要司が顔を上げた。かすかに笑みを浮かべた彼は熱のこもった言葉で慎也に話しかける。
「弱い奴はその刃先を相手に向ける。でも、おまえは自分へ向けた。強くないと、そんなことできない。おまえは強くて優し過ぎるんだ」
 慎也は濡れタオルをぐっと目に押しつけた。もうこれ以上、一筋の涙も、要司に見せたくなかった。
「慎也、痛い時は痛いって言え。苦しい時は苦しいって言っていいんだ。だから、楽しい時は楽しいって思える。そういうもんだろ?」
 要司はどうしてこんなに優しくて嬉しいことばかり言うんだろう。慎也は夢を見ているんじゃないかと、濡れタオルを取って目の前を見た。左腕に包帯を巻いてくれた要司が、すっと髪をかき上げる。端正な顔がこちらを向いていて、慎也は急に恥ずかしくなった。うつむこうとしたら、彼の指先があごに触れる。
「うつむくな。おまえは堂々としてていいんだ。恥じる必要なんか何もない」
 鼻と喉が詰まっていくようだった。にじんだ視界に要司を映す。
 この人が好きだ。
 まばたきをした瞬間、しずくが頬をつたった。ほとばしる感情を抑え込もうとする自分とありのままの自分でいたいという激しい欲求が、慎也の中でせめぎあう。顔を上げたまま、うっすら目を開いた慎也は、自分を見つめている要司に告げた。
「すき」
 小さな告白ははっきりと音になって響く。言ってしまってから、うしろめたいと思う自分がいた。よくそんな言葉を言える、と罵る自分がいる。だが、同時に慎也の心には、モスグリーンの柔らかな色が射していた。
 要司は想像していたような困惑の表情を見せない。ただ何もかも受け入れる笑みを浮かべて、「知ってる」とささやいた。慎也は彼の考える「すき」とは異なることを説明しようとした。
「分かってる。おまえの気持と俺の気持ちはちょっと違うな。だけど、それ、何て言えばいいか分かんねぇけど、少しずつやっていけないか? あー、俺……」
 ふっと一瞬だけ視線を外した要司は、小さく笑った。彼は目を細めて、右手の人差指でからかうみたいに、慎也の左頬を突っついた。それが年に不相応な仕草で、慎也は泣きながら笑った。
「何だよ、泣きながら笑うって、どっちかにしろ、あ、やっぱ泣くな。笑って」
 慎也は要司の声に泣いてしまう。彼があまりにも切なげに願うからだ。
「慎也、笑って」

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