vanish51 | ナノ





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「お帰りなさい。ちょうどコロッケ、揚がったとこなんですけど、先、シャワーですか?」
 要司はたいてい食事より先にシャワーを浴びる。慎也が台所から聞くと、要司は汗ばんだ額を首に巻いたタオルで拭った。
「あー、うん。でも、その前にちょっと」
 要司がリクライニングソファに体を投げ出すように座るのを見て、慎也は冷蔵庫から缶ビールとグラスを取り出した。
「今日はビール、いらない」
 慎也が持っていく前に要司がそう言った。慎也はそれを冷蔵庫へしまう。
「三上から連絡あった。石橋のこと聞いた」
 要司はテレビを消して、視線で慎也に居間へ来るよう促す。床の部分に座ると、隣へ来いと言われた。動かずにいると、右腕を引かれる。
「悪かった。あいつ、ちょっと配慮に欠けるとこがあって、たぶんわざとおまえを傷つけるようなこと言ったんだろ。ごめんな」
 離れていった要司の手がつかんでいたところを、慎也は自分の左手でつかむ。
「平気です。俺こそ、何も知らないで、すみませんでした」
 視線を落として謝ると、要司は上着の胸ポケットからタバコを取り出し、火をつけた。
「落ち着くまで、内緒にしとこうと思ったんだ。裏目に出たかもしんねぇけど、おまえの義理の兄貴がやったことは今もまだ許せない」
「事務所にまで、ご迷惑かけて……」
 慎也は写真やDVDを貼ったり、送りつけたという話を聞いていたから、そのことを言っているのだと思い、もう一度謝罪しようとした。
「違う!」
 乱暴にタバコを灰皿へ押しつけた要司は、怒りの表情を隠さずに慎也を射抜く。
「それもだけどな、俺が許せないのは、あいつがおまえにしてきたことだ」
 慎也がはっと目を大きく開くと、要司も彼自身の言葉を理解したのか気まずい表情へと変化していく。慎也は葵にされたことを話したくなかった。ずっと隠しておきたかったのに、彼はもう知っている。葵が好き勝手に話したか、葵から無理やり聞き出したのか、どちらでもいい。彼がすでに知っているということが、慎也にはショックだった。
「慎也?」
 くちびるをかみ締めてうつむいている慎也の手が震え出す。要司はそれに気づくと同時に左手の指先にある切り傷にも気づいた。彼の手がゆっくりと長袖Tシャツの袖口を上げる。前腕部の包帯に、一瞬、彼は手を止めたが、緩く結ばれた結び目を解いて、変色した傷を光の下にさらした。
 古い傷の上には今日つけたばかりの線傷ができており、まだ痛々しい赤を浮かび上がらせている。
「て……ごめんなさい……よわ、くて、ごめっ、さい」
 慎也は目に溜めた涙を落しながら、必死に謝った。要司の部屋にいるはずなのに、慎也はまだあの家にいて、目の前では葵だけが褒められ、自分の分の食事がない。廊下へ出てきた葵が、痛いくらい強く腕を握って、階段を上がる。ベッドに押し倒されて、ペニスを受け入れる時、慎也は自分が押しつぶされていく感覚を覚えた。頬を殴られて、血が流れても、拳を振り上げる男は笑っており、慎也の悲鳴は消されていく。抵抗するから痛いんだと気づき、抵抗しなければ、言葉の暴力で責められた。立って、起き上がって、試験を受けに行かないと、そう思うのに、慎也は立てない。立てない慎也の前に父親が来て、おまえにはもう何も期待しないと言った。
 強くなりたいのに、泣いてばかりだった。
 要司は汚いと思っただろうか。自傷行為をする自分を卑怯だと思っただろうか。どうして好きな人にばかり迷惑をかけてしまうんだろう。こんな自分は消えて欲しい。
 慎也がそう思いながら、泣いていると、ずっと手を握っていた要司が体を寄せた。彼は慎也を抱き締めて、その右手で頭をなでてくれた。彼の体の温もりや優しい手つきだけで、答えが聞こえてくる気がした。

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