vanish50 | ナノ





vanish50

「石橋、おまえが要司さんを敬う気持ちは分かるけど、こういうやり方は間違ってるよ」
 三上が冷たい声で言うと、石橋はそのまま何も言わずに出ていった。
「すみません。慎也さん、今、要司さんのこと呼びますから」
 慎也は三上の手が携帯電話をいじったのを見て、その手に触れた。
「いいです。呼ばないでください。俺……大丈夫ですから」
 要司は何も言わずに自分を守ってくれていた。それなのに、自分は彼に何もできない。そんな弱い自分をわざわざ見せたくなかった。
 慎也は頭痛に耐えながら、握り締めた写真をさらに強く握った。様子を見ていた三上が心配して声をかけてくるが、慎也は一人になりたいと思った。だが、彼を帰す前に聞きたいことがある。
「由里さん……って誰ですか?」
「気にしないでください。石橋の姉貴で、要司さんのことが好きなんです。でも、相手にされてないから、別に慎也さんがここにいるから、どうこうって話じゃない」
 三上は優しい口調で言って、立ち上がる。
「俺も昼休み終わるから行きますけど、でも、やっぱり、要司さんには石橋のこと、言っておきます。本当にごめんなさい」
「あ……」
 慎也は言わないで欲しいと念を押そうとしたが、三上は頭を下げてから出ていった。自分をよくないと思っている要司の仲間達がいることは知っていた。慎也はぐしゃぐしゃに握りつぶした写真をテーブルに置き、二階へ上がる。寝室に隠してある頭痛薬のシートを一枚、手に取り、階下へ戻った。
 冷蔵庫から麦茶を出し、グラスへ注ぐ。慎也はシートから四錠だけ押し出した後、握り締めた写真を開いた。これを要司が見た。要司だけでなく、タカも他の人間も見た。皆、どう思っただろう。
 慎也は錠剤を飲んでから、ハサミで写真を切り刻んだ。こんな浅ましい自分は消えたらいい。写真の中の自分を刻みながら、頭痛による吐き気でトイレへ駆け込む。
 認めない、と言った石橋の言葉が頭に残っている。嘔吐とともにあふれる涙が頬を滑った。認めて欲しいと思うのに、おまえはダメだと言われてばかりだ。
 慎也はシートに残っていた四錠も押し出して、口の中へ入れた。飲み込んで、冴えた目で写真の中の自分を切り刻む。
 あまりにもお腹が空いていたから、葵が置いていった弁当や金銭に手をつけた。殴られるのが怖くて従った。父親に本当のことを言えなかった。
 慎也は自分の弱さが招いたことなんだと理解した。トイレで吐いては、テーブルの上で粉々に刻んだ写真をさらに切った。そうすれば、弱い自分は消えると思った。
 刃先が滑り、持つもののない慎也の左手に当たったが、慎也は必死にそれを刻み続けた。テーブルの上に涙と赤い液体が落ちていく。
 指先に当たった刃先はいつの間にか、慎也の左腕の古傷の上を刻んでいた。慎也は涙を拭い、急いでテーブルをきれいにする。ハサミの血も拭って、袖の汚れた服は洗濯機に入れた。
 要司が帰るまでにシャワーを浴びないといけない。慎也は左腕の傷の痛みに顔を歪ませながら、シャワーを浴び、何事もなかったかのようにソファへ座り、テレビをつけた。
 ドラマの再放送を流していたが、慎也は五分ほど、それを眺めた後、夕食の準備を始めた。慎也が料理レシピを見ずに作ることができるものは限られていて、今日は買い物に出た時に安売りしていた冷凍食品のコロッケとツナサラダに豆腐のみそ汁の予定だ。
 コロッケを揚げ終わる頃、要司の原付きバイクのエンジン音が聞こえてくる。道具が多い時は勝手口から入ってくるが、今日は玄関から入ってきた。玄関と居間を仕切る引き戸は開けていたから、慎也はすぐに要司へと笑顔を向けた。

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