vanish46 | ナノ





vanish46

「要司さん、昼間帰ってたんですか?」
「あぁ。でも、おまえ、すごいぐっすり寝てたから、昼メシ食ってから戻った」
 慎也はいったん洗面所へ行き、顔を洗った。
「あ、歯ブラシとか、新しいの下にあるから、使って」
 台所から要司の声が響く。
「はい」
 慎也は洗面台の下を開けて、三本パックの歯ブラシから新しい歯ブラシを取り出した。歯をみがいた後、台所に戻ると、要司が焦げた鍋と格闘していた。思わず笑うと、彼はムッとした表情を見せた後、吹き出す。
「おまえ、失礼だぞ。俺はおまえのためにおかゆを作ろうと思って、わざわざ作り方も調べたのに」
 そう言って要司は携帯電話のディスプレイを見せた。おかゆの作り方が画像付きで説明してある。
「すみません」
 慎也は謝りながらも浮かんでくる笑みを抑えきれない。
「おかゆがいいんですか?」
「いや、俺はおかゆじゃないほうがいい」
 要司はちらっと時計を見た。慎也はそれに気づいて、何か予定があるのかと思う。
「せっかく五時上がりにしてもらったのに、もう六時だと思って。おまえの服とか見に行きたいんだよ。ちょっと歩くけど、八時まで開いてるショッピングモールがあるから、そこで食べてもいい」
 慎也はその言葉に泣きそうになりながら、鍋の中のおかゆを器に移した。
「何してんだよ?」
「これ、食べます」
「はぁ? ダメだ。焦げてるし」
「いいんです。これが食べたいから」
「ちょっと、待てって。それはやめとけ」
 慎也は要司の制止を無視する形でスプーンですくって口へ入れた。彼が反応をうかがうように眉を寄せてこちらを見ている。
「まずい? ダメだったら吐いていいぞ」
「……大丈夫です。焦げたおかゆの味です」
 まだずいぶん芯が残っていたが、味はまずくはなかった。
「食べられるのか?」
「はい」
 慎也はもう一口食べてみせようとして、スプーンですくった。それを口へ運ぼうとすると、手首をつかまれた。驚いている間に、要司がそのスプーンをそのまま彼の口へ持っていき、ぱくりと食べた。
「うわ……おまえ、これよく飲み込んだな」
 要司は慎也の手から器を奪うと、勝手口の床に置いてあった上着を羽織る。そして、まだぼんやりとしていた慎也の手を引いた。
「俺が原付しか持ってないから、どこ行くにも歩きになるけど、そのうち、おまえも原付取るか、自転車買うかしたら、もっと動きやすくなるからな」
 運動靴を履いた要司は、慎也にも運動靴を出してくれる。
「これ、俺が昔、履いてたやつ。たぶん、サイズいけるだろ」
 ショッピングモールで慎也のものを買う気満々の要司は、ウォレットチェーンを指先でいじりながら、玄関扉の外で待っている。
「あ、おまえ、変な心配すんな。俺は水虫じゃない」
 なかなか靴を履かない慎也に、要司が大げさに声を上げた。
「ち、違います。そういうことじゃなくて、あの、こんな、よくしてもらう理由が……ないって」
 靴を履いても立ち上がれない。ここへ来てから泣いてばかりだと、慎也は自分で自分がうっとうしいと思う。
「理由、あるけど」
 涙を拭っている慎也の腕を引っ張り、慎也のことを立ち上がらせた要司は、そのまま慎也のことを引っ張った。
「友達、だろ?」
 嬉しいはずなのに、心臓が痛い。意識し過ぎているのは自分だけだ。本当の自分を知ったら、彼はどうするんだろう。外はすでに暗い。初秋にしては肌寒い気がした。

45 47

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -