01










「あ…」

「あら」

「こ、こんにちは」


珍しい。本当に珍しいことだった。

それゆえに、不測の出来事で、遊城家の合鍵を持ったまま舞姫は突然開いた玄関のドアの前で硬直していた。


茶色のやわらかそうな髪をキッチリと束ねて上に結い上げ、それをバレッタで止め、まったく皺の見つからないスーツに袖を通した女性は、玄関先で鍵を持ったまま自分を見上げる舞姫に少しだけ眉を寄せた後ため息をはいた。



「お、おばさん、こんにちは」

「十代なら今はいないわよ」


知ってる


舞姫は心の中で呟いた。



彼女はこの家の主、とも呼べる人間。幼馴染である遊城十代の母親だった。自分の母親とは対照的に地味だが、それでも大人の女性らしさを兼ね備えている彼女とは、昔から仕事のために留守がちで、十代の幼馴染である舞姫といえど殆どあったことがない。

だからか、殆ど家にいないということを知っているが故に遊城家には何度も十代から貰った合鍵で出入りしていた舞姫。今日は生徒会の仕事で遅くなるというので、それなら夕食を作って待っているからと先に帰って十代の家に赴いたのだが。


今日に限って帰ってきているとは。数年ぶりになるだろうか。舞姫は最後に見た日のことを思い出そうとするが、ずいぶん記憶が曖昧で、数年どころかもしかするともっと子供のころのことだったかもしれないと思い直す。



「何か用?」

「えと…特、に…は」

「そう」


舞姫は遊城家の母親がとても苦手だった。


殆ど会ったことがないから初対面に近い、というよりは、なぜか物心ついたときには嫌悪のまなざしを向けられていたような気がするからだ。その理由は舞姫の知るところではないようで、どれだけ考えても思い当たる節はなかった。昔は、もっと優しかったような気がするのだが。



優しく頭を撫でて、うちも女の子がほしかったわと言っていた彼女の笑顔を見たのは、ずいぶん子供のころのことだ。


それこそ保育園のころのこと。




だが、本人に「どうして舞姫のこと嫌いなんですか」などと聞けるはずもなく。それならば、極力関わらなければ相手も自分も不快な思いをすることもないのではないか。そういう結論に至ってからは二人とも避けあうような形になっていた。


とはいえ、まったく逢わないわけではなく、こうやって偶然に逢う事は想定していないわけではなかった。



「二人とも、玄関先で睨み合ってっと、近所の人に変な目でみられるぜ」



じっと見つめあう二人、さながらハブとマングース、にちょうど帰ってきた二十代が声をかける。特に自分にとって害があるわけではないので、無視してもよかったのだが、二人の居る場所が玄関前ということもあり、ここで声をかけなければ自分が家の中に入れそうになかったためにやむなくのことだった。

それに、だんだん涙目になってきている舞姫が可哀相だったというのもあり、二十代は震える舞姫の頭に手を乗せて笑顔を向けた。



「人聞きが悪いわね、睨みあってなんかいないわ」

「あ、えと」

「舞姫、今日の夕食は何?今日も作っていってくれるん…」

「えと、クリームシチュー…こ、これ、材料!お兄ちゃんにあげるねっ」

「ちょ、おいっ」



二十代が帰ってきたためか、先ほどまで嫌悪のオーラを発していた母親の周りの空気が幾分か和らいだのを確認して、舞姫が手に持っていた買い物袋を二十代の手に持たせて急いで帰っていく。

家が数軒先のために、すぐに家に入って姿の見えなくなった舞姫に、二十代は大きくため息を吐いた。


兎顔負けの速さだ。



「あんまり舞姫をいじめてやらないでくれよ、お袋」

「いじめてません。それよりも、他人に合鍵を渡さないように十代に言いつけておいてちょうだい。あの子、うちの鍵を…」

「あのさ、お袋」

「何?」

「キッチンにおいてあった肉じゃが食べた?」

「え、えぇ。おいしかったわ。あなた料理上手になったのね。家族の手料理なんて何年ぶりかしらね…って、話を逸らさないでちょうだい…あ、もうこんな時間」



スーツの袖の下に隠れた時計を見て、母親があわてて玄関先においてあったバッグを取って再び外に出てくる。


彼女はデュエリスト協会の上層部で働いており、殆ど家に帰ってこれないほど多忙な仕事をこなしている。父親といえばそんな彼女に呆れて数年前離婚届けを出してどこかへ行ってしまった。自分自身も多忙で家に顔を出さなかったくせに、なんとも自分勝手なことだ。だからか、片親という肩書きからか彼女は十代たちを養うためにさらに働き詰めるようになった。

今思えば、父親のことを忘れるためだった、とも取れる行為だったわけだが。


だからか、遊城家をまわしているのは実質彼女で、そして父親に代わって何もかものわがままを許容してくれているのも彼女で、十代も二十代も何かあっても強くは言えないのだ。


自分の幼い時にはもっと舞姫にも優しかったのだが、離婚の日を境に彼女は変わってしまった。



二十代はガレージに止めてある車に乗り込んで手帳でスケジュールを確認している母親を見つめた。


「じゃあ二十代、お母さん仕事行って来るから、あとはよろしくね」

「ん…リョーカイ」



駐車場に止めていた車に乗り込み、手帳でスケジュールを確認すると、すぐに出て行く母親。少しだけ窓を開けて「肉じゃがおいしかったわ」と残して出て行った彼女に、二十代は気づかれないように眉を寄せると玄関のドアを閉めて小さく呟いた。



「あれ作ったの、舞姫だって知ったら…お袋、どんな顔すんだろ…?」






トワイライトショー #01

長らくお待たせしてました凡骨娘と十代の恋人にいたるまでのお話。凡骨娘の唯一苦手なもの=遊城家の母親。この二人の関係を主軸に十代と凡骨娘の恋は発展していきます。

不定期ですが、これからもちまちま増えていきますので、よろしくお願いしますです。







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