過去編C(中学時代)







「十代くん」

「……………また、来たのか」


屋上で一人、座り込んでいる十代の前に立って舞姫はにっこりと笑った。

だが、十代は彼女をチラっと見るだけで、視線をすぐに下に落として逸らした。


「お昼まだだよね。舞姫、今日も十代くんの分のお弁当作ってきたんだ。いっしょにたべよう?」


返事を待たずに十代の隣に座る舞姫。

ゆっくりと弁当のふたを開けると、美味しそうな匂いが漂う。


どんな状態でいても確かに空腹にはなるもので、十代は小さくため息をつく。


「最近毎日お弁当作ってるから、料理、上手になってきたとは思うんだけど…どうかな。あ、その、毒味役みたいでごめんね」

「いや…」


舞姫の作った弁当を受け取り、箸でつまむ。

口に入れれば確かにそれは美味しくて、特にヘタなわけじゃない。


「…旨いよ」

「ほんと?よかった」


十代の反応を見て舞姫は嬉しそうにして自分も食べ始めた。

その表情は終始笑顔。


十代の失った笑顔を彼女は失うことなく携えていた。

あんなことがあったというのに、彼女は穢れなく。


そんな彼女が羨ましくも、妬ましくも感じてしまう十代。


どうして笑っていられる?

何故、穢れなくいられる?



気づけば彼は彼女に手を上げていた。


「………っ」

「……!」


ハッとしたときには遅く、舞姫は十代に殴られた頬を押さえて十代を見つめていた。

だが、彼女は怖がるような表情は浮かべず、ただ、困ったような表情を浮かべていたdだけで、いつものように泣き顔さえ見せることはなかった。


「ごめ…舞姫…」

「ううん。機嫌、悪かった?」

「…………」

「ごめんね。舞姫、悪いことしたかな?」

「してない…悪いのは、オレだ」


震える自分の手。

彼女を守るために振るった暴力を、彼女に対して行使してしまった。


何てことだ。


ガチガチと震えによって歯がぶつかりあって音をたてた。


頬には、涙が伝っていた。


「オレが…オレが悪いんだ!舞姫は、悪くない!」

「十代くんっ、落ち着いて」


頭を抱えて蹲る。

溢れる涙は抑えられなくて。


友も何もかも失った自分の傍に居てくれた彼女に暴力を振るった自分が、腹立たしくて仕方がなかった。

だが、舞姫はそんな十代の髪をそっと撫でると、背中に手を回して彼の身体を抱き締めた。


「大丈夫…舞姫、平気。それに、十代くんは悪くないよ……ただ、今は感情のコントロールが出来なくなってるだけ。舞姫はそう思うよ」

「………っ……」

「落ち着くまで、ううん、落ち着いても、ずっと傍に居るから……安心していいよ」


まるで母親のような、そんな母性を含んだ温もりが身体に流れてくる。

安心できるその温もり。


十代は舞姫を抱きしめ返すと、そっと目を閉じた。


「舞姫…ありがと、な」


安心して温もりに身を任せたことで襲ってくる睡魔によって、意識が飛びそうになる中。

そっと呟いた。


「舞姫もね、ありがとうなの。…あの時、舞姫のために怒ってくれて、うれしかった」


意識が飛ぶ直前、見えたのは愛らしい笑顔。

十代は同じように笑顔を向けてから安心して意識を飛ばした。



過去編C









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