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散歩の途中、十四松がよく素振りをしている公園に入った。
いつものグラウンドや広場を覗いてみたけど今日は十四松はいないみたいだ。
いなくてほっとしているのと、少しがっかりする気持ちを半々ずつ抱えて、私は公園を出た。

六つ子との王様ゲームをした日から、トド松、カラ松、チョロ松にはわりと早く会えた。
けど、あとの三人はまだだ。
実はトド松に、「兄さんたちが自分から謝りに行くまで待ってて。これは僕らのけじめだから」と念入りに釘を刺されている。
親しき中にも礼儀あり。そういう意味でトド松は『けじめ』と言っているんだろう。他の思惑もありそうだけど…
カラ松やチョロ松を見るかぎりは、トド松の「杏里ちゃんは相当キレている」という煽りが効いているみたいだ。それはそれで申し訳ないとも思う。
でも、あの三人がどう謝りに来てくれるのか、見てみたい自分もいる。
王様ゲームで全員分の告白をした代わりに、全員から謝罪を受ける。これはこれでイーブンかもしれない。
私だって告白の時は恥ずかしい思いをしたんだから。そうだそうだ。
そういうわけで、ちょっと期待して待ってる部分も否めない。ごめんみんな。

公園を出て、小学校の方角へ散歩の足を向けた。学校帰りの子供が数人、はしゃぎながらすれ違って行く。
もし私が小学生からおそ松たちと友人だったなら。
なんて想像をしながら歩く。
あ、でも、小学生の時の自分は大人しくて恥ずかしがり屋だったから、みんなとは関わり合いにならなかったかもしれない。トト子から聞く六つ子の小学生、中学生時代はかなりやんちゃだったらしいし。
私が自分を出せるようになったのは高校生になった頃からだっけ…
そう考えると、高校でみんなと出会えたのはタイミングが良かったのかもしれないな。
ランドセルをかたかた言わせた小学生の一団とまた行き合う。小学校に近づいてきたので、子供の姿も多くなってきている。
住宅街から大通りへ出ると、道沿いに学校の校門が見えてきた。門の前には先生が三人いて、それぞれ子供らを見送ったり何か話をしたりしている。
でもすぐ、先生のうちの一人に違和感を覚えた。

「……ん?」

いや、違う。あの黄色の服の大人は先生じゃない。
組んだ腕から伸びきった袖をだらんと垂らしつつ、何やら真剣に一人の小学生男子の話を聞いている男は、遠目から見ても明らかに十四松だった。
何してんだろう。先生に不審者扱いされてないといいけど。
見てないことにして違う道を行くか、偶然を装って近づくか…
トド松の言葉がよぎったけれど、あの男の子との関係が気になるから後者でいこう。
たくさんの子供たちを送り出す校門の前へ、あと少しで差しかかるかというところで、男の子の話に頷いていた十四松が何気なくこちらに目をやった。

「…あ…!」

私を見つけた十四松は固まり、顔をひきつらせた。
十四松には笑顔を向けられるのが当たり前になっていた私も、戸惑って声をかけ損なう。

「十四松?どうしたの?」

男の子が無邪気に私と十四松の顔を見比べる。
十四松は私から逃げたそうに目を思いきり反らし、男の子に向き直った。

「しゅ、修行の時間だから行かなきゃ…!ありがと栄太郎!またね!」
「あっ待って!ぼくも修行する!十四松ー!」

慌てて私とは反対の方へ走り去る十四松と、それを追う男の子の背を、私はぽかんとしたまま見送った。
だけど、徐々に寂しさがこみ上げてきた。
十四松に避けられるのは予想していなかった。十四松のことだから、少し気まずそうに、でもいつものように明るく笑って、ごめんねって言ってくれると思ってたのに。
私が怒っているふりを続けたことで、十四松を深く傷つけていたのかもしれない。いや、十四松だけじゃなくて六つ子全員…


あれから十四松を追う気になれず、暗い気持ちでとぼとぼと家に帰ってきた。
みんながどう謝ってくれるか見てみたいなんて理由でこの状況を楽しんでたから、バチが当たったんだ。
おそ松と一松ともまだ会えてないんだし、これは何とかしなくてはならない。
頼るはトド松だ。残る三人の様子を聞き出さなくては…
部屋のベッドの上で体育座りになり、おそるおそるトド松に十四松の様子をたずねるメッセージを送ってみたけれど、『まだ帰ってきてないよ』と言われた。

『何で十四松兄さん?何かあったの?』
『今日道で会ったんだけど、思いっきり避けられた…』
『珍しいね。十四松兄さんが杏里ちゃん避けるなんて。十四松兄さんはもう謝ってきた?』
『まだだけど、もう私と仲良くしたくないって思ってるのかも』
『十四松兄さんに限ってそれはないよ』
『ほんとに?』
『ほんとだって』
『私、みんなが謝ってくれるの、ただ待ってるだけでいいと思う?もう普通に会いに行ってもいい?』
『まだちょっと待っててよ。杏里ちゃんから会いに行ったら、簡単に許してくれるって調子に乗るでしょ。主にクソ長男が』
『でも寂しいよー』
『それ僕の時も思ってくれてた?』
『思ってたよ!こんなに大ごとになるなんて思ってなかったもん!』
『そっかぁ、寂しがってくれるなんてうれしいなっ。ありがと!』
『人の話聞いてる?』

だめだ。トド松は高みの見物を決めこんでいるとしか思えない。

『聞いてるよー。兄さんたちなりにいろいろ考えてるって言ったの覚えてる?あれ嘘じゃないから、杏里ちゃんは気楽に構えてていいよ』
『その言葉を信用していいか今真剣に考えてる』
『本当だって!僕そんなに信用ないの!?』
『そういうわけじゃないけど、不安になってきた。十四松がもう会ってくれなくなっちゃったらどうしよう』
『かわりに僕が会ってあげるよ!』

私の泣き言をあざとくかわしたトド松は、それはそれとして心配ないから、と締めくくった。
体育座りの姿勢のまま、横にごろんと倒れこむ。

「ほんとかなぁ…」

会いたくなかったと言わんばかりの十四松の表情を思い出して胸がふさがる。
私を見つけて追いかけて来てくれたカラ松や、普通に話をしてくれたチョロ松とは違うリアクション。
今日十四松と会った時、私から声をかければ良かった。そしたら何か変わっていたかもしれないのに。
高校からの馴染みとはいえ、付き合いはたかだか数年。ほんのちょっとのすれ違いで縁が切れてしまうことだってあり得る。
でもトド松がああ言うなら大丈夫なのかなぁ…はぁ、もやもやする。
私、みんなのことこんなに大事に思ってたんだな。早く前みたいにみんなでチビ太のおでん食べに行きたいな…
何だかセンチメンタルな気分になってきて、膝を抱えてぎゅっと丸くなる。
窓の外には夕暮れの真っ赤な空が広がり、どこかでカラスが仲間を呼び求めるような寂しげな声を上げている。
十四松、今何してるのかな。
ベッドで感傷的になっていると、家のチャイムが鳴らされた。続いて、一階にいるお母さんが外に出る音がする。
宅配便かな、とぼんやり寝転んでいたら、お母さんが私の部屋まで上がってきた。

「杏里、小学生の男の子が来てるんだけど、知り合い?」
「小学生…?」
「そう。杏里に渡す物があるって」

思い当たるのは、今日十四松と話していた子ぐらいだ。
まさか、と急いで出てみると、本当にその男の子が家の門の前で待っていた。
あれから一度家に帰ったのかランドセルは背負っていない。夕陽に照らされた賢そうな顔は、出てきた私を見てぱあっと笑った。

「十四松の友達の杏里ちゃん?」
「そうだよ。君は?」
「ぼく、十四松の弟子の栄太郎です」
「弟子?十四松の…?」
「うん!十四松はすごいんだよ!いっぱい技を持ってるの!ぼく、十四松と一緒に修行してるんだ!」

弟子という信じがたい言葉に私が疑いを見せたからか、栄太郎くんは目を輝かせて十四松をほめだした。

「そっか。君も野球をやってるの?」
「ううん、野球はやらない」
「ええ…?」

謎の師弟関係だった。技とは一体。

「そうだ!十四松にこれを渡してって言われたの」

技について詳しく聞く前に、栄太郎くんが二つ折りの紙を差し出した。

「ありがとう。何だろう?」
「手紙だって!でもぼく、中は見てないよ。男の約束を守るのも、修行のうちだから!」

伝言役を頼まれた時に十四松にそう言われたんだろう。胸を張る栄太郎くんを「偉いね」とほめる。

「えへへっ。たくさん修行して、ぼく将来は十四松になるんだ!」
「……頑張ってね!」

あまりに純粋な目をして言うので、難色を示すこともできず応援した。さすがに「君ならなれるよ!」とは言えない。
十四松、ニートとかちゃんと説明してなさそうだなこの感じだと…
修行の一つを達成した栄太郎くんは、晴れ晴れとした顔で帰っていった。
さて、この手紙は、と。玄関前で紙を開いてみる。

「……フジオ公園のトンネルの中?」

そこには、その場所に来てほしいと書かれてあるだけだった。
トンネルというのは短い土管のような遊具の一つで、子供はもちろん、大人でも少し腰を屈めれば中に入れる大きさだ。
何でそんな所に…?
正直、謝罪の言葉が書いてあって、今の微妙な関係がやっと終わってくれるんじゃないかって期待してた部分はある。でも。
栄太郎くんを挟んでとはいえ、十四松から連絡をくれたのが嬉しい。
これがトド松の言っていた『兄さんたちなりに考えてる』ことなのかも。小学生の子を伝言役にしたのも何か意味があるんだろうか。
手紙には待ち合わせの時間は書かれていなかった。
この曜日、この時間に私が家にいるのを分かっていて栄太郎くんに手紙を託したんだろうから、受け取ったら来て、ってことだろう。
ナチュラルにこっちの都合をスルーするとこが十四松らしいというかなんというか。その変わらない遠慮のなさが、今は私のテンションを上げる。
お母さんに「ちょっと出てくる」と言っておいて、急いで公園へ向かった。


公園の入り口に着いた時には、街灯がつき始めていた。
薄暗い遊歩道へ入り、遊具広場へと歩いていく。途中、木々の間から、広場の隣のバスケットコートにいる子供達が帰り支度をしているのが見えた。
お喋りしていた彼らが連れだって公園から出てしまうと、見るかぎり公園内には私しかいない。
何となく足音を殺しながら、広場のトンネルに近づいていく。正面に横たわるトンネルには窓はなく、中は見えない。
十四松はいるんだろうか。
トンネルの口を左側からそっと覗きこんでみた。
あ、いる。
丸く切り取られた静まりかえる遊具広場を背景にして、トンネルのおよそ中間地点に、見覚えのある輪郭と黄色の服がぼやんと浮かび上がる。どうやら壁を見つめて体育座りをしているらしかった。
陽の落ちた公園でこのシチュエーション…ちょっと怖くなってきた。子供たちに怖がられなかったのかな。
ていうかほんとに十四松だよね…?

「十四松…?」

こわごわ呼びかけると、頭だけで私の方を振り返った。濃い影の中にいる十四松の表情は読み取れない。

「……杏里ちゃん」

覚えのある声で名前を呼ばれたものの、硬い声だ。状況も状況なのでますます不安にかられる。

「栄太郎くんから、手紙受け取ったよ」

そう言うと、十四松は無言で自分の隣を手で示した。ドキドキしながらトンネルへ体を潜り込ませる。
十四松の隣に同じ方を向いて座る。意外に中は広く、落ち着く感じがした。
街のざわめきは軽く遮断されて、十四松と私だけの不思議な空間。

「……」
「……十四松?」
「……」

何を考えているのか、黙ったままだった十四松はやがて静かに息を吸い込んだ。
ごそごそと私の方へ体を向け、正座をし、両手を地面につく。

「………杏里ちゃん、この間は、ごめんなさい」

そして、きれいな土下座。

「…いいよ。怒ってないよ」

ようやく心からほっとして、私も十四松と向かい合うように体勢を変える。

「本当?」
「ほんと」
「もう、ぼくらと遊ぶの、嫌になってない?」
「そんな。私こそ、みんなが私と会うの嫌になってないかと思ってたよ。十四松には今日逃げられちゃったし」
「あれは、ジンクスが破られちゃうから…」
「ジンクス?」

十四松が土下座していた顔を上げる。

「栄太郎から聞いたんだ。ここで告白して彼女ができたって」
「…ん?」
「このトンネルの中で伝えた気持ちは、ちゃんと相手に届くってジンクスがあるって…栄太郎の学校で噂の場所らしいんだ」
「なるほど」

別の話になったと思いきや、そうではなかったらしい。
だからここを謝る場所に選んだのか。そういうジンクスをまっすぐに信じちゃうところも十四松らしい、と腑に落ちていると、「でもそれには条件がある」と十四松が続ける。

「ここに相手を呼び出す日には、気持ちを伝えるまでその相手と喋っちゃいけない。喋ったらジンクスは無効になるって」
「だからあの時私と話してくれなかったの」
「…杏里ちゃんが許してくれそうなことって、何だろうって、いっぱい考えてたら遅くなっちゃって…栄太郎にこの話を聞いて、これしかないって思ったんだ」
「いいよ。今日避けられたのはちょっとショックだったけど、お互い様だもんね。私も怒ってごめん」
「本当にっ、すみませんっした!!」

十四松がまた頭を下げて、硬いゴチンという音がトンネルに響く。

「う」
「うわ、大丈夫?…あはは」
「……あは」

思わず笑ってしまった私を見て、十四松がようやく笑顔になったのが暗闇でも分かった。



行きとは違って、軽い心で二人で並ぶ帰り道。
そういえばと思い出して「栄太郎くんって彼女いるんだね」と十四松に聞く。

「あ゛あ…みたいだね…」
「最近の小学生はすごいね」
「…彼女ができた時に一度破門したんだけど、いろいろ協力してもらったから許そうと思ってる」
「破門って…てか何をしてるの栄太郎くんと」
「秘密の特訓!」
「変なこと教えないでね」
「変なことじゃないよ。杏里ちゃんもやる?」
「いや、遠慮しとく…それはそうと、十四松も好きな子に告白する時はあのトンネル使えばいいんじゃない?いいこと教えてもらったね」

ジンクスが本当かどうかは別として。
そう思いつつ言うと、「ああ!」と笑顔になった十四松はすぐさま青ざめた。
急激な感情の変化だ。

「何、どうしたの?」
「…栄太郎に、聞いたんだけど」
「うん」
「あのトンネルのジンクスが通用するのは一生に一度だって」
「そうなの」

一生に一度という極端な条件に、いかにも小学生の間に流行る噂話らしい、と私は笑いそうになった。
しかし十四松はすっかり信じてへこんでしまっている。

「誰か告白したい子でもいた?」
「うん……あっ、ううん!」
「どっちなの?」
「んんんんー…!」

両手の長い袖で口を完全に覆い隠して、十四松がかぶりを振る。

「分かった。黙っといてあげる」

笑いをこらえながら言うと、ほっとしたように、でもどこか残念そうに十四松が手を離した。

「ごめんね、貴重な一回を奪っちゃって」
「ううん。杏里ちゃんとの仲直りが先だから」
「ありがと」
「…あっ、にーさんたちにも言わないで!トンネルのジンクスも!」
「言っちゃだめなの?」
「絶対だめ!願いが叶うのはぼくだけでいーの!」

急に発揮された十四松の暴君性に今度こそ笑いをこらえきれず、星のまたたく夜道はにぎやかになった。
トンネルの中で十四松の告白したい相手を聞いてたら、もしかして正直に答えてくれたりしたんだろうか。
まあいいか。私も十四松と仲直りするのが先だから。



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