×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



遠方の友達と遊んだ帰り、夕闇に浮かぶ赤い光につられて居酒屋へ一人で入った。
こういう時におしゃれなカフェじゃなくて居酒屋を選んじゃう私の女子力って…
でもスイーツは昼間に食べたし、塩気のある味の濃い物が食べたかったんだもん。お酒も飲みたい気分だし。
わくわくしながらお店ののれんをくぐる。
カウンターもテーブル席もそこそこお客さんで埋まっていて店内は賑やかだ。
店員さんの威勢のいいいらっしゃいませに迎えられて、空いているテーブル席に着いた。
この店のテーブル席、一つ一つが区切られてて個室っぽくなってるのがいい感じ。
一人でもあんまり気にならなくて解放感…!

「とりあえずビール一つ」

注文してからじっくりメニューを眺める。
串焼きや唐揚げとかもおいしそうだけど一人鍋もあるんだ、これいいな。
でも鍋食べちゃうとそれだけで満足しそう。他のも食べたいし、今回は見送ろう。
ビールが運ばれてきたついでに食べ物の注文をする。
店員さんの帰る姿を何気なしに見ていると、向かいのカウンター席前に見覚えのある青スーツの背中があるのに気付いた。
私が店に来た時には席を外していたらしく、少しふらつく足で椅子に座ろうとしている。
ビールをぐびぐび飲みながら、後ろからじっくり観察した。
誰だろう。髪型は一松じゃないし…

「すいませぇん!ビール追加でぇ!」

…今の声の調子でチョロ松だと分かった。
既に酔っているらしい。
一人で飲んでたのかな。ヤケ酒っぽいなー。
ちょっと機嫌悪そうだしハロワ行った帰りなのかも。
触らぬ神にたたりなし…と頭に浮かんだものの、一人で飲みすぎて気分を悪くする姿も思い浮かび、席を立って声を掛けた。

「チョロ松」

つんつんと背中をつつくと、「あぁ?」と柄の悪い返事がしてゆらりと振り返る。
とたんにジト目がはっと開き、「杏里ちゃん…」といつもの声が返ってきた。

「えへ、偶然だね」
「あ…うん、ほんとだね…」
「私そこの席なんだ。どうせなら一緒に飲もうよ」
「え…いいの?」
「うん。チョロ松が飲みすぎるの心配」

そう言うと、放心したように開いていた口がきゅっと閉じた。

「…ありがと、杏里ちゃん」
「ううん」

私たちのやり取りを見ていたらしい店員さんが、チョロ松のお冷やをテーブルへ移動させてくれた。
ハロワで心折られて帰ってきたのかな、なんて邪推をしながら自分の席へチョロ松を迎え入れる。
仕切りのあるテーブル席のせいか、黙っているチョロ松のせいか、少し賑やかさが遠ざかった気がする。

「ねえ、何か食べ物頼んでた?」
「…いや、まだ何も」
「さっき一人鍋見つけてね、食べたいなって思ったんだけどこれだけでお腹いっぱいになりそうだから諦めたんだ。チョロ松一緒に食べてくれない?」
「うん、いいよ」
「やった。どれにしよっか」
「杏里ちゃんの好きなのにしなよ。僕はどれでもいいから」
「じゃあこの激辛スープのレベル5のにしようかな」
「うわ、相当辛そうだよそれ。杏里ちゃん食べれるの?」
「食べれなかったら全部チョロ松にあげるね」
「なんっだよそれ」

笑いながらもツッコミを入れてくれた。
ちょうどさっき頼んだ物が運ばれてきて、追加で水炊き鍋を注文する。

「唐揚げ好き?」
「うん…いやいいよ、杏里ちゃん食べなって」
「お腹空いてなかった?鍋ももしかしてあんまり気乗りじゃなかった…?」
「そ、そんなことないよ!ちょっと酔っててぼーっとしてただけだから」
「じゃあ食べよ。ほら、この唐揚げがチョロ松くんに食べられたいよーって言ってる」
「いや唐揚げはそんなこと言わないよ。言ったら怖いから。何だよその自殺願望持った唐揚げ」
「僕はチョロ松くんの血肉となりたいんだ!って言ってる」
「杏里ちゃんどんだけ飲んだの?もう結構酔ってるよね?」

僕よりひどくない?と言いながら、私がお箸で掴み上げた唐揚げはちゃんと食べてくれた。

「まだジョッキ半分しか飲んでないから大丈夫。酔ってないよ」
「大丈夫に見えないけどね…」
「わー唐揚げおいしい」
「自由だなおい…あ、すいません。ぼんじりとねぎまとつくね二つずつ。あとウーロンハイ」
「ビールまだ残ってるじゃん」

飲ませないように食べ物勧めてたのに。
思惑が外れてちょっとがっかりしながら言うと、「ここのウーロンハイ薄いんだよ」とこっそり教えてくれた。でもお酒なのには変わりないんだけどな…
水炊きと一緒に来たウーロンハイをちびちびと飲んでいるチョロ松は、思った通り酔いが深くなってきている。
また少し眠そうな目つきになりながら、それでもさっきよりは表情が明るい。
気分が落ちない飲みならまだいいけどと私もビールをあおった。

「水炊きおいしいね」
「うん、ここはよく来るけど初めて食べたよ。おいしいね」
「よく来るんだ?」
「まあね。ここは近いから、ハロワに」

墓穴を掘ってしまった、と一瞬緊張が走る。
ビールを流し込みながらチョロ松の様子をうかがうと、何でもなさそうに鍋をつついていた。

「今日も行ってたんだけど全然駄目でさー。まあいつものことなんだけどね。今月五回目。あははは」

何でもなくなかった。
これはけっこう気にしてるパターンだ。
しかもアルコールが入ってさらに落ち込みやすくなってる。ウーロンハイは阻止するべきだった。

「五回もちゃんと行くのが偉いよチョロ松は」
「なんて言ってくれる杏里ちゃんの方が偉いよ、ほんと…働いてるし…」
「私だって正社員じゃなくてバイトだからね」
「怒らせて愛想尽かされてるはずなのに、僕を心配して話しかけてくれて……」

色々と思い出させてしまったようだ…何もなかったふりをするのも失敗だ。
ふにゃふにゃとテーブルに崩れ落ちそうなチョロ松の口へ、ちょうど来た焼き鳥を持っていく。

「はいチョロ松、あーん」
「あーん?…!」

チョロ松が肉を頬張ったのを確認して、私も同じ串から一口。おいしい。

「もうこないだのことは気にしなくていいよー。今日のチョロ松は疲れてるね。おいしい物食べて元気になろ。私がおごるよ」
「………」

チョロ松が目を丸くしている隙に、ウーロンハイを奪って飲む。
やけに落ち込むのはこれのせいでもあるんだ。原因はさっさとなくそう。

「…あー、ほんとだ思ってたより薄い」
「ちょっ、い、今…!」

チョロ松があわあわしている。
いや勝手に飲むのはさすがにだめでしょ、何やってんの私。

「ごめん全部飲んじゃった…」

やっぱり私もわりと酔ってるな。もういい加減にしとこう…

「……っ」

顔を覆って何かをこらえるような姿勢のチョロ松に「ごめん、もう一個ウーロンハイ頼む?」と聞くと、首を振られた。

「なんか逆にありがとうだよ…杏里ちゃんそういうの、もう普通にしちゃうんだね…」
「そういうの?」
「いや、言ったら僕がクソ童貞であることを晒しかねないから言わない」
「晒すも何も今さらだけど…」
「…ふっ、そう……今さらだよね」

顔を上げたチョロ松はどことなく吹っ切れた顔をしていた。



会計をして店を出る頃には私はすっかり酔ってしまっていて、チョロ松に手を引かれて道を歩いた。足がふらつくのでそのつど軌道修正しながら。
夜道と言っても居酒屋通りは明るく賑やかで、周囲の人も私たちと変わらない足取りだった。
いつもは変に緊張するだろう大学生のリア充集団とすれ違っても、顔色一つ変えないチョロ松が何となく頼もしい。

「いやー今日は杏里ちゃんに会えて良かったなぁ」
「そうだねー。一人で飲むより楽しいからね」
「杏里ちゃんとじゃなきゃこんなに飲めないっつーの」
「えー私が来る前から飲んでたじゃん」
「それは全然楽しくない酒」

少し足がもつれて歩みの遅れた私を、チョロ松がやんわりと支えてくれる。

「いつまで経ってもクズなダメニート、その上杏里ちゃんにも愛想尽かされちゃって、生きてる意味とか色々考えちゃってて…」
「そこまで思い詰めてた?ごめんね、もっと早く連絡取れば良かったね」
「いや、男六人が寄ってたかって自分の欲を満たすために女の子騙すような真似して、人として最低だったよ」
「それだけ聞くととてつもなく悪いことみたい」

店から出てきたばかりのご機嫌なサラリーマン達がまっすぐ私たちに向かってくる。
チョロ松に手を引かれて道を外れ、表の大通りへ続く路地に足を進めた。

「私だってあんな小さいことで何意地になっちゃったんだろうって後悔したもの。みんなが悪いわけじゃないよ」
「…杏里ちゃんが杏里ちゃんでいてくれて、僕らはすごく救われてる」
「そうなの?よく分かんないけど」
「既にどうしようもない僕らなのに杏里ちゃんまで離れていっちゃったら、本当にこの先の人生真っ暗だと思ったんだ」
「……」
「せめて底辺から抜け出して自分を変えれば、そうしたら杏里ちゃんも戻ってきてくれるんじゃないかって思って、闇雲に動いてみても全然上手くいかなくて…でもそりゃそうなんだよ。杏里ちゃんに謝ることから、目の前に立つことから逃げてただけなんだから。そんな姿勢で上手くいくわけない」

薄暗い路地から大通りに出ると、ビルや車の眩しい光の列に迎えられた。

「杏里ちゃんは小さいことって言ったけど、それすら対応できない自分がクズの寄せ集めでしかないんだって突き付けられた気がしたよ。その場しのぎの体裁だけかろうじて保って、よくこれで生きてこれたなって」

一歩先を行くチョロ松の顔は見えない。
私の家の方へ手を引いて、一人言のような台詞が行き交うヘッドライトと一緒に遠くに溶けていく。

「でもさっきあの店で杏里ちゃんを見た時、俺自身は何も変わってないはずなのに、クズの有象無象から松野チョロ松になった感じがしたんだよねぇ」
「チョロ松もまだ酔ってるねえ」
「酔ってるよ。杏里ちゃんに酔ってる」
「うわカラ松?カラ松なの?」
「誰がクソナルシストだケツ毛燃やすぞ」
「女の子にケツ毛は良くない」
「うるせー」
「ていうかほんと今さらだよねー、高校の時からちょっと片鱗あったもんねー」
「うっそマジで?」
「そうだよー。でもこのままでいいよー。やだなーチョロ松が就職しちゃったらもうこうやって一緒に帰ったりとか遊んだりできなくなるんだ」
「いやそれはどうかな。就職しても飲みには行けるでしょ、さすがに」
「そうかなぁ、チョロ松会社の人優先して遊んでくれなくなりそう」
「杏里ちゃんが呼ぶなら飛んでくよ。ドルオタのフットワークの軽さナメんな」
「さすが!就職しても安心だね」
「まあその可能性は低いけどねー。まだまだニートやる気満々だし親の脛かじれるだけかじりたいしねー」
「わーい、私の好きなクズのチョロ松が戻ってきたー」
「お前もクズだな相当!」

お互いけらけら笑いながら品のない会話をしてる様は酔っ払いが二人いる以外の何者でもないような気がする。
でも今はそれでいいと思う。

「うん、私は全部今のままでいいな」

ぽつりと本音をもらすと、チョロ松は少し黙って「杏里ちゃん」と言った。

「もし僕がちゃんとした人間にならなくても、いつか……いつかは………」

握り直された手は酔いの回った私より熱かった。
でもその先を聞くことはなく、私の家まできちんと送り届けてくれたチョロ松はもういつものチョロ松だった。
「飲みすぎないでね、心配だから」と同じ台詞を返され、松野家に帰っていくのを見送る。
青スーツの背中は真上の月に照らされて明るく、はっきりとその姿を縁取っていた。



*前  次#



戻る