×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



「ええー…何で私?」
「人手が足りないの。休みだし暇でしょ。ほとんど座ってるだけでいいから、お願い」
「お給料もらわないと働きたくないんですけどー…」

私が何に抗議しているかというと、近々おこなわれる母校こと赤塚高校の文化祭での、ボランティアスタッフの話だ。
保護者会がやるバザーのスタッフがどうしても足りなくなる時間帯があるらしい。それで元保護者会メンバーのネットワークを通じてお母さんに連絡が行き、私にも話が回ってきた。
私、保護者じゃなくてOBなんだけど。

「スタッフはフードチケットがタダでもらえるよ。ほら、あの人気のカレー、今年も来るって」
「…うーん…」

それにはちょっと心が揺らぐ。
人気のカレーとは、毎年出てるOB会の出店のメニューのひとつ。
あれおいしかったんだよね…
飲食店をやってるOBさんが作るものだから味は本格的で、生徒も先生もみんな出店に並んでたな。
体育館のそばの段差に友達と座って、青空の下、漏れてくるバンド演奏を聴きながら食べたこともあるっけ。
そんな高校時代を思い出す。
文化祭の空気の中で味わうカレー、久しぶりに堪能したいかも。
思い出に背中を押されて、結局ボランティアスタッフは引き受けることにした。



文化祭当日。
言われた集合時間に合わせて、あの頃の通学路と同じ道を歩いていく。
しばらく通らないうちにすっかり風景が変わっている場所もあって、学校につく前に早くも時の流れを感じてしまった。
数年でこんなに変わっちゃうんだ。
学校も何か変わってたりするかな。その変化が楽しみなような、寂しいような。
赤塚高校の文化祭は、同校の生徒だけでなく、他校の生徒や近隣の人も入れるオープンなイベントだ。だから高校に近づくにつれて、同じく文化祭に向かう人たちが増えてくる。
校門前で同級生がいないかと目を走らせたけれど、知ってる顔はいなかった。『第○×回赤塚高校文化祭』と書かれた看板や、入ってすぐにあるトーテムポールは、写真を撮る他校の学生たちに囲まれている。
私は見慣れてしまって珍しくもなくなったけど、他校にうちのようなトーテムポールはないもんなぁ。
それに私の在学中はトト子目当ての人のほうが多くて、三年間、文化祭には入場者制限が設けられた。今でも伝説になっているらしい。
あの時の混雑と比べたら今は平和だな、なんて思いながら、あらかじめもらっていたスタッフ証を首から下げて、受付テントで名前の確認をしてもらう。

「保護者会バザーは体育館前の中庭です。マップとタイムスケジュールをどうぞ」
「ありがとうございます」

ってことはOB会のカレーの出店に近いはず!
マップを見れば思った通り、バザーのスペースからいくらも離れていない場所に『OB会カレー屋』の文字。
どうせいつ行っても並ぶだろうから、できれば近いほうがいいよね。少しモチベーションが上がる情報だ。
さて、バザーの場所に向かうか。
周りを見回しながらマップを胸に校内を行く。
校舎も下駄箱も廊下も、私がいた頃と変わりがない。
でももうここに自分がいないからか、何となく別人の顔に見えた。不思議だ。
卒業したんだなあ私、と当たり前のことを思う。
体育館前のバザーはテント四つ分の広さで、もう商品は並べ終えられていた。知らない大人しかいなかったけれど、挨拶をすると向こうは私を知っているようで「小山さんとこのお嬢さんね」と温かく迎えてくれた。

「急に頼んじゃってごめんね。会計や品出しは私たちがやるから、その間に商品を勝手に持って行かれたりしないように見ててほしいの」
「わかりました」
「あと一人助っ人が来るはずなんだけど、杏里ちゃんは一緒じゃない?」
「いえ、聞いてないですが…私の知ってる人ですか?」
「たぶん杏里ちゃんと同級生だったはずよ。…ああ、来た来た!今日はお願いします」

その視線の先を私も見る。
そこにはスタッフ証を片手に握りしめた一松が立っていた。



バザーに立ち寄るのは大人がほとんどで、相手をするのも保護者会の人たちなので、私は特にやることもなくのんびりと過ごしていた。
予想してたよりもずっと暇だ。テントの屋根の向こうの雲ひとつない青空を見上げ、あくびを出しかけてかみ殺す。眠気を振り払うように深く腰かければ、パイプ椅子が少しきしんだ。
学生たちは生徒主催のいろいろな出し物へ、あちらこちらと忙しなく行き交っている。
その中でもやっぱり、OB会のカレーは老若男女みんなに人気だ。私の位置から長い行列を作っているのが見える。
ふわりとした風がカレーのいい匂いをここまで運んできた。
おなかすいてきたかも。無料のフードチケットはさっきもらえたけど、私が行く頃にはなくなっちゃってたりしないかな。

「ねえ一松」

隣に座る一松に話しかけると、びくんと体を震わせて、絞り出すように「な、なに」と返してきた。

「カレーなくなっちゃわないかな」
「え……カレー?」
「うん。あそこのOB会の。食べたいんだよねー」
「…ああ……大丈夫、じゃない。いつも余るぐらい作ってきてるし」
「そういえばそっか」

もうすぐお昼時。今がきっと行列のピークだろうな。でも休憩もらえたら真っ先に買いに行こっと。
あとは…せっかくだし何か出し物でもちらっと見に行こうかな。お客さんが途絶えたのをいいことに、暇つぶしがてらタイムスケジュールを開く。
演劇部は何時からだろう。六つ子と友達になってから、演劇部のカラ松を見に行くのが文化祭の定番になったっけ。
あれ、そういえば今日は一松しか来てないのかな。

「…杏里ちゃ」
「今日みんなは来てないの?…あ、ごめん、何?」

一松と声がかぶってしまった。
慌てて聞き直せば、「いや、何でもない」とぼそりと呟いた。

「…あいつらは来ないね」
「一松だけ?」
「うん。…暇そうだからって、母さんが行けって…俺だけに」
「白羽の矢が立っちゃったんだ。運が悪かったねー」
「…ん…」
「まあ私も人のことは言えないんだけどさ」
「…!………」

一松は返事らしい返事をせず、居心地悪そうに一度地面に目を落とした。

「…………あの、」
「二人ともお疲れさま!今から休憩していいよ」
「あっ、ありがとうございます」

一松がまた何か言いかけた気がするけど、私たちにかけられた声に遮られてしまった。

「ご飯はここで食べてくれてもいいし、どこか他に行ってもいいよ。でも申し訳ないんだけど、さっき言った時間までには戻ってきてくれるかな」
「わかりました。二時間あれば充分です。ね、一松」
「…はい」

パイプ椅子を引いて立ち上がる。
よし、カレー買いに行くぞ。

「一松はどうする?私カレーに並ぶけど、一緒に行く?」
「え、あ……いいの」
「いいよー。他に食べたいのあるなら別だけど」
「…い、行く」

一松があたふたと立ち上がるのを待って、カレーの出店へ向かう。
行列はさっきよりも少しだけ短くなっていた。最後尾にわくわくと並ぶ。
私たちの数人前には赤塚高校の制服を着たグループがいて、何かの劇に出るんだろう友達の話をしていた。

「カラ松のさぁ」
「…え、うん」
「三年の時の文化祭、何の役だったっけ。演劇部の」
「……貴族Bじゃなかった?」
「あは、そうだそうだ。貴族B。衣装派手だったよね」
「…クソ痛かったやつでしょ。全校生徒の笑いの的だったし」
「えーそうだったかな?おそ松が笑いすぎて骨折れてたのは覚えてる」
「人前に出るだけで害を与えるってもはや生物兵器だよね…」
「演劇部、あとで見に行こうよ。カラ松みたいな子いるかな」
「いないよあんなの。いたら怖い」

行列はゆるやかに動く。今はだいたい半分まで来たかな。

「一松は文化祭で何やってたっけ。二年の時、みんなクラスの出し物は劇だったでしょ」
「俺は小道具。杏里ちゃんは」
「衣装係。トド松と一緒」
「ああ…そうだ、十四松の衣装の袖が何回作り直してもいつの間にか伸びてるって問題になってたクラス。トド松がブチギレてた」
「そうそう!結局どうにもならなくて、本番はそのまま出たんだよね。あれは謎だったな」
「未だに謎だよ、うちでもね」
「あ、衣装っていえばトト子のあれ」
「ああ、あれね…あれがああなってああなるとはね」
「まさかだよね。ああなった後にあれがあれをあれするなんて」
「可愛すぎた。倒れた人いっぱいいたな」
「チョロ松運ばれてたね。病院に」
「伝説のライブだった…」
「松野くんたちは一番前で見てたもんね」
「最高だった。…へへ、そうそう、『松野くん』ね…『小山さん』」
「ふふ」

カレーはもう目の前だ。これも私たちの文化祭の思い出のひとつ。

「三年の時、みんなで一緒にカレー食べたの覚えてる?」
「ああ、空き教室でね」
「そう。スプーンがひとつ足りないって松野くんたちがもめたやつ」
「結局おそ松兄さんの尻に敷かれてたやつね…誰も使いたくないから押しつけあってもう一回もめて」
「そうそう」

思い出し笑いに肩を震わせながら、チケットとカレーを交換する。

「で、俺らを見かねた小山さんがわざわざ店まで戻って、スプーン一個もらってきてくれたんだった」
「あはは、覚えてる」
「いつの間にかいなくなっててびっくりしたよね」
「一応声はかけたよ、取りに行くねって」
「俺らがしょうもないから、怒って出ていったんだと思っ…」

喋りながらカレーを受け取った一松が不意に黙る。

「…一松、バザーに戻って食べようよ。テーブルあるし」

促すと、小さい声で「…うん」と返ってきた。


今年の文化祭の目玉らしいバンドライブが体育館で始まったようで、バザーの周りには人がいなくなっていた。
誰も来ないだろうからと、保護者会の人は私たち二人に店番を頼み、お昼ご飯を買いに行っている。
一松はさっき会話が途切れてからまた黙りこんでしまった。

「カレーおいしいね」
「……」

それでも、私がぽつりとこぼした言葉には耳を傾けてくれているようだ。

「みんなも来たら良かったのに」
「……」
「食べ終わったら演劇部見に行かない?バンドも最後らへんなら間に合いそ」
「杏里ちゃん」

半分カレーの残ったプラスチック皿をテーブルに置いて、一松が私のほうへくるりと向きを変える。
膝の上で手を固く握りしめて。

「こ、…この間は、ごめんなさい」

私に向かって頭を深く垂れる。
その姿勢で、一松がどれだけこの件を重く受け止めていたのかがわかる。

「いいよ。そもそもそんなに怒ってなかったもん。私もごめん」
「いや、俺らのせいだから…」
「あれからしばらく経ってるし、一松も普通に喋ってくれてたからもう気にしてないかなって」

口ではそう言いつつ、一松が気にしていたのは丸わかりだった。
明らかに謝るタイミングを見計らっていたから、一松が切り出しやすいよう、もしくは何もなかったかのように元通りになるよう、普段の何でもない雰囲気を出そうとしていたのだ。
先手を打って私から「気にしてないよ」と言うこともできた。ギクシャク感を取り除くだけならそっちが早い。
けどそうするより、私は一松が頑張って言おうとしている言葉を待ちたかった。
なかなか本音を言えない一松のことだし、言わずじまいでもそれはそれで良かった。だけど、こうして一松はちゃんと伝えてくれた。それが嬉しい。
私もカレーのお皿を置いて、一松と向き合う。

「…ほんとは、もっと、早く言いたくて」
「うん」
「杏里ちゃんだったら…直接謝らなくても、きっと許してくれてるって思ってた、けど」

一松の握りしめた拳がジャージを引きずってシワが寄る。

「さっきの、スプーンでもめた話してたら、怖くなって…」
「怖い要素あった?」
「…こないだと状況は一緒だったから。あの時も俺達、杏里ちゃんがいなくなったのに気づいてケンカやめて、見捨てられたと思って落ち込んでた」
「そうだったんだ」

私が教室を出たあと落ち込んでたとは初耳だ。
そういえばスプーンもらって帰ってきた時、不思議な目で見られたような気もする。私が戻ってきたからびっくりしてたのか。

「高校の時は杏里ちゃんは怒ってなくて、心配することなかった、で終わったけど…今回は違う。杏里ちゃんを本気で怒らせるなんて、今までなかったし」
「おそ松はあるよ」
「あの人バカだから…」

一松が息をつく。
珍しく一人でたくさん喋って少し疲れたようだ。

「…今日、杏里ちゃんは普通に喋ってくれて、もう気にしてないってわかった。それもあの時と同じだけど…でも、だからって、今度も謝らなくていいわけじゃないから…い、言わなきゃって…」

そう言いながら無意識にか、固く握られていた一松の手が形を変えた。何となくそれは、猫を抱くような手つきだった。

「なんかごめん。さっきの話でそんなこと考えてたなんて」

どうやら一松は似たシチュエーションの思い出話に背中を押されたらしい。
だからあの時急に黙ったのか、と納得していると、一松がちらりと顔を上げた。

「…俺を遠回しに責めてるのかと」
「何も考えてなかった。普通にカレーで思い出して懐かしいなって…みんなが落ち込んでたのも今知ったし」
「………」
「…ごめん」
「………まあ、俺みたいなのにはお似合いの罰ですから甘んじて受け入れますけど」

のそりといつもの猫背に戻った一松は、残りのカレーに手を伸ばした。

「私も申し訳ないと思ってるよ。たしかに怒ってはいたんだけどすぐ忘れちゃったし、こうなるって思ってなくて。みんなけっこう気にしてたんだね」
「は?杏里ちゃんが怒ってるとか言うからだろうが何で他人事なんだアァ?申し訳ないと思うならさっさと顔出しに来いやこっちは心臓止まりかけたんだぞボケが」
「すみません…急にすごい強気で畳みかけてきた…」
「謝り方が気に入らなければ一生口きかないし会っても無視するとかね…ひどいよね」
「そこまでは言ってない」
「えっ」
「えっ?」

私と顔を見合わせた一松は、戸惑い顔のまま何かを考え始め、やがて苦々しげに「あいつら…」と吐き捨てた。

「そう言って脅されたんだ?」

聞くと、一松はこくんと頷いた。

「先に許されたからって調子に乗りやがって…」
「そういうとこ、松野くんたちらしいねえ」
「クズ同士の蹴落とし合いってね。同感…まあ、もうどうでもいい」

わだかまりのなくなった私たちのところへ、タイミング良く店番の人が戻ってきて差し入れのペットボトル飲料をくれた。
体育館からはわあっとひときわ大きい歓声が上がった。バンドライブのトリが出てきたようだ。

「あ、バンドもうすぐ終わっちゃう。この後演劇部だよ。一松急いで」
「いやどっちかって言うと杏里ちゃんでしょ。俺ふた口で終わるよ」
「えええじゃあ待って」
「はいはい」

私がもくもくと口を動かす横で、一松は私と変わらない量を宣言通りふた口で食べきっていた。
一松は大人になったなあ、と感じた。見た目はそんなに変わらないのに、これも不思議だ。今いる場所がかつて一緒に三年間を過ごした母校だからだろうか。

「ねえいひまふ」
「いひまふって誰」
「私大人になってるのかな?」
「成人してるから大人じゃないの」
「そうじゃなくて、何て言うか、うーん…今の一松は大人っぽいんだよね。高校生の時と見た目は変わらないのに何でだろう」
「加齢臭でしょ」
「違うね。ワイルドさがある」
「答え出してるしね自分で…何見てそう判断したの?」
「カレーふた口で食べれたとこ」
「そのワイルドさ安すぎない?」
「いや、一松は何か変わった気がするのに私は何も変わってない気がして」
「俺も別に変わった気はしないけど」
「ね。一松はずっと一松のままのはずなのにね。何か違うなぁ。何でだろう。かっこよくなった気がする」
「かっ……は?小山さんも可愛いんじゃないですか充分」
「うわーこういう話を学校でするのなんか青春っぽいね!」
「おい急に話反らすな、早く食えよ置いてくぞ」
「一松は私見て変わったと思う?大人になってるかな」

そう聞くと、一松は私の顔を見た。でも一瞬だけちらりと目を下に向けたのを私は見逃さなかった。

「…なってんじゃない」
「胸の話じゃないからね」
「え?みみみみ見てないし」
「見たよねその反応は」
「さてとそろそろ第二のクソ松を見つけに行くか…」
「ねえ待って置いてかないで!」



*前  次#



戻る