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「お邪魔しまーす」

声をかけると、二階から抑揚のない返事がしたのでお構いなく上がらせてもらう。
今日は松野家に大量の漫画を持ってきた。時々こうして、お互いの漫画を貸し借りしているのだ。
六つ子から借りている物と私の持っている物半々ずつで、両手の袋がずっしりと重い。
二階のみんなの部屋に行けば、だらけきった六人が床やソファーや窓辺に這いつくばっていた。

「みんなの暇潰し持ってきたよ」
「サンキュー杏里…」
「もうちょっとで自分の指の数数えだすとこだった…」
「暇って人を殺すんだね」

床にどさりと漫画を下ろすと、六人がのそのそと群がってきた。
今回はトド松が少女漫画を読みたいと言うのでほぼそればかりだ。

「あ、これ今ネットで有名なやつだ」
「そうなのトッティ」
「うん、女の子たちが泣ける〜って。僕も途中まで読んだことある」
「へーどれどれ」
「これって最近ドラマ化したやつじゃない?」
「チョロ松の持ってるやつはそうだよー。んでこれは来年アニメ化決定してるやつで、こっちはもうすぐ実写映画になるよ」
「なんか見たことある!」
「色々持ってんなーお前」
「お母さんも好きで買ってくるからね。あ、こっちは借りてたやつ。ありがと」
「おう。続きそっちに入ってっから、読みたかったら持ってって」
「はーい」

ついでに片付けてあげよう。袋から借りていた方の漫画を全部出して棚に戻していく。
ごっそり空いていた棚のスペースが埋まり、続きの巻を代わりに引き出した時には、みんなは全員大人しく漫画に没頭していた。
ソファーに座る一松の隣に私も座って読み始める。
一松が持っているのは他の五人が読んでいる流行りの漫画じゃなく、一昔前の物だった。みんなが取り合いにならないように六作持ってこようと思って、数合わせのために選んだ私のお気に入りの漫画。
横目で一松の様子をうかがう。だるげな目はかすかに動いているのでちゃんと読んでくれているようだ。
一松が少女漫画を読んでる姿が新鮮で、緩む口元を漫画で隠した。
その動作が一松の視界に入ったらしい。こっちを向いた一松と目が合ってしまった。ちょっと決まり悪そうにしている。

「…何」
「ふふ、ううん」
「……」

顔を半分隠すように体育座りになった一松。照れてる。

「それ面白い?」
「ストーリーが古い」
「ばっさり切ったね…昔のだからしょうがない部分はあるかも」
「お母さんの?」
「ううん、私が買った。お気に入りなんだ」
「ふーん…」

ぱらぱらとページを見返す一松。

「こういうの好きなの」
「まあね」

柄じゃないと鼻で笑われるかと思ったけど、一松は黙って漫画に戻った。
邪魔しないように私も借りた漫画の続きを追う。
最新巻まで読み終えて棚に戻した時には、ちょうどバイトに行く時間になっていた。本当は今日は休みだけど、二時間だけ別の子の代わりに入ってほしいと言われたのでしょうがない。
持ってきた漫画は全部松野家に置いていくことにして、「私これからバイトだから帰るね」とソファーから立ち上がった。

「え、この時間から?」
「そうなんだよー。じゃまたね」
「おーお疲れー」

部屋を出る時、全員が漫画から目を離さずに手を振ってくれた。漫画気に入ってもらえて良かった。
一松もあれからけっこう熱心に読んでくれてたな。ちょっと嬉しいかも。今度はまた別のおすすめのを持ってこようかな。
玄関で靴を履いていると、階段がきしきしと小さくきしむ音がして一松が現れた。手にまだ漫画を持っている。

「今日何時に終わんの」
「バイト?二時間で終わるから…五時頃かな」
「ふーん」

一松はちらりと漫画を見た。

「それ全巻持ってきてるからね」
「うん」
「それじゃ。行ってきまーす」
「うん」

今度は私を見て手を振ってくれた。引き戸を開けると一松の友達らしい茶色混じりの白い野良猫が一匹、私と入れ違いに入っていった。



バイトの二時間は慌ただしくもあっという間に過ぎていき、夕暮れの中をぶらぶら歩いて帰る。
私が松野家を出る時にすれ違った猫とそっくりな子が、家の一本奥の路地裏に入っていくのが見えた。
一松なら見分けがつくのかな、なんて考えながら門をくぐり、夕刊が来てないかポストを確認する。
すると、夕刊の他に漫画が一冊入っていた。
今日松野家に持っていったやつだ。一松が読んでたはず。
わざわざこれだけ返しに来たのかな。
首をかしげながら夕刊と一緒に持って入る。台所ではお母さんが夕ご飯を作っていた。

「はい夕刊」
「ありがとう。もうすぐご飯出来るから、先にお風呂入って」
「はーい」

お腹すいたなー。
台所のテーブルに夕刊と漫画を置いて、着替えを持ってお風呂場へ。
湯船の中でくたびれた手足を伸ばす。手でお湯をかき混ぜるともわもわと湯気が立ち上った。霞のようなそれをいくら吸っても空腹は満たされない。きゅうとお腹が鳴る。
あ、確かトド松から連絡来てたな。早く上がろう。
体をさっさと洗ってしまって、お風呂上がりにすぐ髪を乾かしつつスマホをチェック。
漫画面白かったから今度映画見に行こう、というトド松からのメッセージにだらだらと返事を打っていたらいつの間にか七時。
そのままテレビを見ながら夕ご飯を食べた後は、自分の部屋でごろごろして過ごす。あー、この時間が一番幸せ。もう後は寝るだけっていう空白の時間。
スマホでネットサーフィンをしつつうつらうつらしていると、部屋のドアがノックされた。返事をする前にお母さんが顔を出す。

「杏里、あんた漫画忘れてる」
「あーそうだった」

持ってきてくれたらしい漫画を受け取ると「お腹見えてるよ」と言い残してお母さんは出ていった。
それにしても何で一冊だけ返してきたんだろう。律儀ってことなのかな?
お気に入りって言ったから早く返してくれたのかも。
せっかくだから久しぶりに読み返そうかな。
そう思って寝転んだまま表紙をめくると、ひらひらと何かが顔の上に落ちてきた。びっくりした。

「何か挟んでたっけ…」

あ、何か書いてある。


『今日の五時過ぎ、公園で待ってます』


それだけのメッセージ。
私はこんなもの挟んだ覚えないから六つ子の誰かだよね、どういうことだ…
しばらく意味が分からなかったけど、松野家を出る時の一松の言動を思い出して飛び起きた。
い、今何時!?
時計に振り向けば、八時を過ぎたところ。えー!?やっばいじゃん…!
慌てて軽装に着替えて家を出た。
すっかり真っ暗になった外は少し肌寒い。
まさか今まで待っててくれてるってことは…どうだろう、一松ならあり得る…かもしれない。だったら急がなきゃいけない。早足が駆け足になる。
一体どういうつもりのメッセージかは分かんないけど…公園っていつもよく行くあそこで合ってるよね?
息を切らして広場に入れば、しんと静まり返った薄明かりの中に昼間見た時と同じ姿の一松がいた。白い外灯の下、ベンチにぽつんと座っている。

「…い……いち、まつ…」

足を緩めながら絶え絶えに呼びかけると、明かりの中で少し目を見開いた一松が立ち上がった。

「ご、ごめん…待った…?」
「……」

立ったまま私を迎えた一松は、口を開いたり閉じたりもごもごさせた後に「とりあえず座って」と私をベンチに促した。腰かけて、息を整えるために一呼吸。

「…ごめんね、ほんとさっき漫画開いて、それで気付いて」
「いや、いいよ…気付いてもらえると思ってなかったし、本当に来るとも思ってなかったし」
「でも一松待っててくれたじゃん」
「そりゃ、ああいうこと書いといて本人がいないのはね」
「いやこの時間だったら帰っててくれても良かったよ、全然おかしくないよ。今までずっとここにいたの?」
「…まあ」
「うわーごめんほんと…」
「別にちゃんと約束してた訳じゃないし、俺が勝手にやっただけだから」
「体冷えてない?うわ、手冷たいよ」

一松の右手を両手で挟みこむ。走ってきたから私の手は温かいはずだ。
さらに摩擦で温めようと手をこすっていると、一松がふるりと震えた。

「寒い?」
「…暑い…」
「え、逆に?」
「も、もう大丈夫」

一松が私の隣で体育座りをしだしたので、自然と手が離れた。

「それで、何だったの?これ」

そう言うと、一松はもっと背中を丸めた。

「………もし杏里ちゃんがすぐ来てくれたら言うつもりだったけどもう無理」
「えー!もうアウト?」
「アウト」
「そんなぁ…何か大切なことだったんじゃないの?」
「……別に。これ青春クラブだし」
「青春?」
「手紙で呼び出されるって青春って感じでしょ」
「あー!なるほど、確かに」

どうやら一松の青春クラブ活動だったらしい。放課後手紙で呼び出されるとか、いかにも青春っぽいもんなぁ。
貸した漫画にも似たシーンがあったはず。ヒロインの友達の女の子が、下駄箱に入っていた手紙で告白される場面だったかな。
あっ、だからあの漫画にメッセージを挟んでたのか…!
きっと漫画を読んで思い付いたシチュエーションなんだろう。私もお気に入りとか言ったし。
一松はこういうのをさりげなくやってくれるんだよなぁ。優しいから。
空を見上げながら納得していると、「てわけでお疲れ様でした」と一松が立ち上がった。

「ていうか杏里ちゃんもよく来たよねこんな時間に。それこそ無視したっておかしくない」
「うん、でも多分一松待ってんじゃないかなって。一松だし」
「そんな理由で来ちゃうんだ。無駄にお人好しだよね杏里ちゃんて」
「一松じゃなかったら来ないよー」
「…あそう。まあ、そういうとこも………好きだけど」
「私みたいな友達がいて良かったね、一松」
「…そういうとこ嫌い…」
「えーごめん」

軽口を叩きながら二人で歩く。
公園に来るまでは何となく長く感じた道だけど、帰りはいくらも歩いてないような気がするのにもう私の家が見える場所まで出てきてしまった。
路地裏から音もなく小さい影が出てきて、一松の足元にすり寄ってくる。昼間見た子と似てるな。夕方見たのもやっぱり同じ子だったのかも。

「夜道を一松のところに走っていくの、私にとってはかなり青春だったなぁ」

何気なく口に出せば、かがんで猫を撫でていた一松がこっちを向いた。

「重労働させられといて?」
「夜道を誰かを思ってひたすら走るっていうのも青春っぽいじゃん」
「…」

あ、カラ松っぽいこと言ってるとか思われてんのかな…
黙った一松にちょっと気まずさを感じながら、ごまかすように私も猫の側にかがむ。

「………まあ、そうかもね」

小さい呟きが聞こえた。

「悪くない時間だった」



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