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駅近くの広場に行列が出来ていた。

「…ああ、この季節か」

行列の先は夏限定のお化け屋敷だ。
何年か前から、夏になるとこの広場にお化け屋敷が設営されるようになった。
聞くところによると、有名なプロデューサーが手掛けている本格的なお化け屋敷らしい。今年は和風ホラーがコンセプトらしく、日本家屋風になっている。
私は入ったことはなく、怖いのは苦手なのでいつも遠巻きに眺めているだけ。
でも出てくる人がキャーキャー言いながら笑顔なのを見ると、ちょっと体験してみたい気もする。
お化け屋敷なんて夏の風物詩だし…一人は絶対無理だけど!

「そうだ、青春クラブ…!」

そう、私には青春クラブという後ろ楯があった。六つ子の誰かを誘おう。
みんながチケット代分のお金を持ってるわけないから、私の所持金的に誘えるのは一人だけだ。
トド松は絶対拒否するだろうから、五人の中の誰か…
まあいいや、電話して最初に出てきた人を誘おう。
さっそく松野家の家電にかけてみる。
何コール目かの後に、黒電話特有のリンという音が鳴った。

『はい松野ー』
「あ、おそ松かぁ」
『そう、杏里?何?』
「あのね、急なんだけど、青春クラブの活動として一緒にお化け屋敷入ってほしいんだよね」
『お化け屋敷?珍しー、杏里怖いのダメじゃん』
「うん、だから誰かと一緒に入りたくて」
『ふーん…それって俺でいいの?』
「うん。あ、私チケットおごれるの一人分だけだから、もしみんなで来るなら」
『あー行く行く!俺が行きます!今どこ?』

場所を伝えると、すぐ行くと言って電話は切れた。
おそ松のことだからこの暑いのにめんどくせーとか言われると思ったのに、意外とすぐ了承してくれたな。
広場前のビルに入って涼んでいると、二十分ほど経っておそ松が姿を現した。
いつもの緑色の松が付いている服じゃなく、普通の赤いポロシャツを着ている。
下もいつものジーンズじゃない、チノパンだ。靴なんてサンダルだ。なんか全体的におしゃれな気がする。
トド松が来た?と思いながらビルを出て松野くんの元に向かうと、「おー杏里」とゆるく手を上げられた。やっぱおそ松か。

「なんかおしゃれだね、今日」
「…え?そう?別に、普通だけど?」
「こんな服持ってたんだね」
「まーな。で?あれがお化け屋敷?」
「そう。めっちゃ怖そう」
「よし行こーぜ!」

チケットを買って行列の後ろに並ぶ。
お化け屋敷を前にして少し怖じ気づきだした私とは反対に、おそ松は余裕そうだ。

「おそ松ってこういうの平気なの?」
「人が脅かしてくるんだろ?急に出てきたらそりゃビビるけど、相手が人間なら別に」
「えー…人だから臨機応変に脅かしてくるのが怖くない?」
「そういうドッキリを楽しむんじゃねーの?」
「それもそうだ…」
「お、杏里見てあれ、このお化け屋敷ってミッションがあんだって」
「な、何ミッションって」
「ほら、あの案内板に書いてある」

おそ松が指したのは、お化け屋敷の入り口にある看板だった。
このお化け屋敷にはストーリーがあるらしく、惨殺された一家を弔うために特定の場所で鈴を鳴らしていくというものだった。見ると、入り口手前でお客さんに大きな鈴が渡されていた。

「へー、ただ回るだけかと思ったら楽しそうじゃん」
「特定の場所ってことは、絶対その場所に入らなきゃだめってことだよね?絶対なんか起こるフラグだよね?」
「何だよもー、入りたいっつったのお前だろ」
「うー…」
「どうする?その場所が一人しか入れない場所だったら」
「うー…」

想像するだけで嫌だ。

「え、え…おそ松待っててくれる…?」
「どーしよっかなー、つまんなかったら俺一人で先行っちゃうかも」
「おそ松じゃなくて他の人誘えば良かった…!」

なんて意地悪な奴なんだ!入る直前にこんなこと言うなんて!
恐怖のあまり怒りの感情もわいてきた。

「…他の人って?」

にやにや笑うのをやめたおそ松が聞く。

「カラ松かチョロ松か一松か十四松」
「あーダメダメ。あいつらなんか何の役にも立たないよ〜?」
「カラ松意外に平気そうじゃん」
「あいつ暗い場所であんま目見えないから。絶対どっかでこけて足手まといになるね」
「チョロ松なんか一番しっかりしてそうだし」
「どこがだよ!ていうかあいつはね、いちいち屁理屈付けすぎてお化け屋敷の雰囲気台無しにすっから。うるせぇし空気読めねぇから」
「一松とだったら淡々と進んでくれそう」
「ないわー。言っとくけどあいつお化け側に立ってくるからね?一緒になって脅かしてくるよ?いいの?」
「十四松は全然ビビらなさそうだよねこういうの」
「十四松とか一番一緒に入っちゃダメなタイプだっつの。ハッスルしすぎて中の物破壊しだすかもよ。弁償とかできんの杏里?」
「…じゃあトド松」
「入ったら死ぬ」

全員をばっさり斬ったおそ松はどこかむくれたような顔だった。

「何だよ、お兄ちゃんが一番頼りになると思って誘ってくれたんじゃねーの小山さんは」
「いや、最初に電話出てくれた人にしようと思って」
「えー!何それ!」
「つか今のところおそ松が頼りになりそうな気しない。意地悪してくる」

子供のようなことを言って私もむくれた。
もう順番は次の次に迫ってきている。私たちの前のグループが入ったら、その次だ。
ああ、とうとう前の人も入っていってしまった…!

「そんじゃ、長男らしく頼りになるってとこ見せてやるよ」

スタッフから鈴を受け取ったおそ松が、いつになく真面目な顔をして言った。

「ほんとに?」
「ほんと」
「途中で裏切らない?」
「しないしない」
「置いてかない?」
「かないかない」
「脅かさない?」
「さないさない。…てかどれだけ信用ないんだよ俺!」
「はーいそれではお次の方どうぞ〜!」

スタッフの人のやけに明るい声で、お化け屋敷の入り口が開いた。
日本家屋らしい、古い引き戸だ。
おそ松にぴったり続いて私も足を踏み入れる。
二人がやっと立てるぐらいの狭く暗い玄関。ひんやりした空気と、微かに漂うお線香の香り。壁や家具はあちこちぼろぼろだ。
玄関からは真っ直ぐに廊下が伸びている。右手は壁で、左手には襖が二つ並んでいる。
外からお客さんの声がやんやと聞こえてくるのに、それがいっそう中の静けさを際立たせている。
うう、もう怖い…

「…杏里」
「はい…」
「………手、繋ぐ?」
「おおおおねがいします」

おそ松の差し出した右手を左手で掴む。温かい。おそ松の体温で、少しだけ心が和む。

「えっとー、まずは直進して台所な。行ける?」
「うん…」

靴のまま家の中に上がり込み、狭い廊下をそろそろと進む。
襖から何か出てくるんじゃないかと思ったけど、全く何も出てこなかった。
台所に入ると、これまた狭い長方形の室内。左奥に次の部屋へのドアがある。
入ってすぐの右側の床には惨殺されたという設定の、一家の母親が倒れていた。た…たぶん人形だよね…?
おそ松は怖がりもせず、まじまじとそれを眺めた。

「杏里、これ人形だわ」
「っだよね、だよね」
「あ、指示がある。シンクの前で鈴鳴らせって」
「ひぃぃ」
「指示読んだだけだっつーの、可愛いな〜」

腕に私をくっ付けたままのおそ松は、私を人形からかばうようにして部屋の奥のシンクの前に立った。
正面にはすりガラスの小窓がある。どう考えてもここから何か出るフラグだ!

「じゃ、鳴らしまーす」

おそ松がリンリンと鈴を鳴らす。
すると、前の小窓が徐々に淡く光り始めた。うっすらと浮かび上がったのは「供養完了」の文字。

「あーなるほど。これで先に進めってことか」
「よ、よかったよかった…お母さん供養されたね」
「だな、良かっ…うぉぉ!?」

おそ松が笑い混じりに叫び声を上げたので思わず私も振り返ってしまった。
台所の入り口に、お母さんじゃない別の血濡れた女の人がいつの間にか立っていた。

「きゃあああぁぁぁぁっ!!!」
「っ!ちょ、杏里、進めな」

あまりのことにおそ松の真正面から抱き付いた。しっかりと顔を胸に埋める。もう何も見たくない。

「わーーもうやだよーーむりだよぉーー」
「杏里、あの…あ、歩けないんだけど……」
「こわいーー」
「…あ、あの人近付いてきてるよ杏里、ほら次行かなきゃ」
「わーーーーー」

おそ松にすがりつきながら何とか台所は脱出した。でもあと四部屋あるとか怖すぎ。死にそう。

「こわいよぉ」
「大丈夫大丈夫。俺いるから、な?」
「うん…」

いつになく優しい声のおそ松にあやされる。背中を撫でられて少し落ち着いた。
けど、その後の部屋もほぼおそ松に抱き付くような格好で移動した。怖いものを見てもすぐに顔を伏せれるように。
私が抱き付くたびにおそ松は笑いながら歩みを止めてくれた。約束通り置いていかれるようなことはなかった。

そうして私たち…というかおそ松はミッションを全て達成し、お化け屋敷を無事に出ることができた。
出口でスタッフに鈴を返し、太陽の下に立つ。
ああ、生きてる心地がする…!

「いやー結構楽しかったな!まさか惨殺事件の犯人が一家の姉だったとは」
「怖かった…」
「最近のお化け屋敷ってすげーなぁ、超ハイテクじゃん」
「ありがとうおそ松…」
「…え、杏里泣いてる?」
「怖かった…」
「よしよし、もうお化けいないからなー」

頭をぽんぽんと撫でられる。

「どう?俺頼りになっただろ?」
「うん。すごく頼った」
「…へへ、それ聞けたら充分…」

自分で聞いておきながら照れまくっているおそ松を見て、やっと笑う余裕ができた。

「てことで、もしこれからお化け屋敷に入る時はまず俺を頼るように」
「いやもう入らないと思う」
「えーやろーぜ。夏って感じでいいじゃん」
「入るとしても、他の人とも一緒に入る」
「えー!?何で!?俺頼りになっただろ!?」
「だって人数多い方がまだ…」
「悪いこと言わないから俺だけにしときなさい!ね、小山さん?」
「何でそんな必死なの…」

先生みたいな言い方にまた笑う。
名字で呼ばれると、いつも高校生に戻ったような感覚になる。
けど高校の時に二人でお化け屋敷に来ても、さすがにひっついたりはできなかったと思う。堂々と触れ合えるのは、あの頃より遠慮がなくなったからだろうか。

「だって、だってさぁ…」

ぶつぶつとこぼすおそ松が私の腕を引いて、お化け屋敷にいた時ぐらいにまた距離が縮まった。

「…杏里にくっつかれるのは俺だけでよくない?」



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