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「暑いぃ…」

炎天下の中、一人暑さで泣きそうになりながら歩く。
今日は少し風があるし曇っているから、運動がてら出かけようと思ったのが間違いだった。
目的地にした、歩いて三十分ほどの本屋までたどり着く前に、太陽は雲から顔を出した。それからずっと出ずっぱりだ。
日傘も役に立たないほどの鋭い日差しに心が折れそうになりながら歩く。とはいっても、暑さのせいであまり足は動いてくれないので歩みは遅い。
特に用もないのに出かけたりするんじゃなかった。
干からびそうだ。どこかで冷たい飲み物でも買おう。
そう決めて、前に進むことだけを考える。
この坂を上りきればコンビニがある。店内に休憩スペースもあったはずだ。そこで涼もう。
一面コンクリートの地面から立ち上る熱気をハンカチで払いつつ、やっとコンビニに着いた。
一歩中に入ると、すぐに冷気が体を冷やしてくれる。
あー生き返る…!
暑い中わざわざここまで来ようとする人もいないのか、店内に人は少ない。
併設している休憩スペースも珍しく空いている。私の座る場所くらいはありそうで良かった。

…ふと横を見ると、見慣れた六つの顔が真剣に成人向けスペースと向き合っていた。
近年稀に見る真剣さだ。
一瞬涼んだと思ったのに、暑苦しい光景に出会ってしまった…
私には気付いてなさそうだったので、放っといて通りすぎる。
というか、ああいう状況の男友達に何て声かけたらいいのか分かんないし。
みんなエロ本ここで買ってんのかなー。てか持ってんのかな?
どうでもいいことを考えながら、更に冷気たっぷりの飲み物のコーナーの前に立った。
涼しげなパッケージを見比べながら、何を買おうかうろうろと迷う。
爽やかフルーツ系?カフェ気分でラテ系?
せっかく暑い中ここまで来たんだから、ちょっと高い物買って贅沢したい気もする。
うーん…

「あれ?杏里ちゃん!」

おお、見つかった。
振り向くとトド松がいた。もうエロ本の選定は終わったのかな。

「いつの間に?全然気付かなかった〜」
「あ、そう?ここでずっと飲み物選んでたんだけど」
「ねーねー杏里ちゃんいるよ〜!」

トド松が兄たちを呼び寄せた。
飲み物コーナー前の人口密度が一気に高くなる。

「おー杏里じゃん、ぐうぜん〜」
「そだね」
「あっついよねぇ今日!杏里ちゃん何しに来たの?」
「曇ってたから散歩に来たんだけど、途中で太陽に耐えられなくなってここ寄ったの」
「分かるわー俺たちもそうなんだよ」
「母さんに暑苦しいって追い出されてさ…」
「あはは」
「笑い事じゃないよ杏里ちゃん」

それならコンビニにいた方がマシかもしれない。

「ねー杏里ちゃん、この後どっか行く?」

十四松の質問に首を振った。

「暑いからここでちょっと涼んだら帰る」
「じゃあお喋りしてかない?兄さんたちとずっと一緒にいるともうそれだけで暑苦しくって」
「お前そんなこと思ってたの?」
「出たドライモンスター…」
「同じ顔が六つ…最高にクールじゃないか」
「カラ松兄さんぼくらの顔見てるだけで涼しーの!?」
「どーする杏里?」
「いいよ、暇だし」
「いいねぇ暇って言葉、俺大好き」

おそ松が笑って「ついでに杏里何かおごってよ」と言ってのけた。

「えー…」
「お前よく悪びれもせずそんなこと言えるよな」
「さすがクズ界のカリスマ」

一松の皮肉になぜかおそ松は嬉しそうな顔をした。カリスマなら何でもいいんだろうか。
私の白い目に気付いたおそ松は咳払いをした。

「いいか杏里、ちょっと想像してみろよ?高校時代、夏休み、補習授業の帰り…暑さに耐えきれなくなった俺たちは、涼を取るためコンビニに寄った。しかし運悪く財布を忘れた者が六名…」
「あらら」
「だがここで財布を持つ者が名乗りを上げた!みんなを熱中症にさせるわけにはいかない、と!そう、彼らが得たのはほんの一時の涼ではない、仲間を思いやる心、すなわち青春…!」
「なるほど?」
「ってシチュエーションでさ、青春ごっこしようぜ」
「お前青春ごっこをタカりの道具にしてるだけだろ!」
「杏里、俺達と忘れられないスペシャルサマーを過ごさないか…?」
「それも暗におごれって言ってんだよな!?」
「俺今すぐ冷たい物ないと死ぬかも」
「えへへっ、今日の補習疲れちゃったね杏里ちゃん」
「クジ!クジ引きたい!」
「脅すな一松!思い出を捏造するなトド松!目的変わってるから十四松!」
「チョロ松のツッコミの頑張りに免じて今回だけおごってあげるよ」

そう言うとチョロ松以外から歓声が上がった。

「えっ、ええっ、いいの杏里ちゃん…!?」
「チョロ松やるなぁ〜、そうやって杏里に取り込むなんて」
「なっ、違うから!違うよ杏里ちゃん!?」
「分かってるよ」

思わず笑った。この暑い中、みんな元気だな。

「って言っても私もそんなにお金あるわけじゃないし、一人三百円までね」
「じゅーぶん!よっし、何にしよっかな〜」

コンビニの中に散らばっていく六人。
かごを持って飲み物コーナーの前に戻ると、トド松が一人戻ってきた。

「ねえ杏里ちゃん、パピコ半分こしない?」

こっそり囁かれる。

「アイスかぁ、それもいいね」
「半分こして食べるってのも青春っぽいでしょ?」
「うん、ぽいね。いいよ」
「やった〜」
「何がやったーなの」
「げっ、一松兄さん…」

いつの間にか、トド松とは反対側から一松が顔を出していた。
心なしか視線のじっとり度が高い気がする。

「半分こ…ふーん」
「そうだよ」
「杏里ちゃんはそれでいいの」
「うん、冷たいのなら何でもいいよ」
「……俺もパピコ食べたいけど一人で食べきれないし杏里ちゃんに一本あげる」
「え、いいの?」
「ちょっ、ちょっと、出しゃばってこないでよ!杏里ちゃんは僕と半分こするの!」
「別に半分ことかどうでもいいし食べきれないだけだし」
「じゃあ他の兄さんたちとすればいいじゃん!」
「………杏里ちゃんじゃないと意味ない」
「僕だって杏里ちゃんじゃないと意味ないもん!」

私を挟んで二人の言い争いが始まってしまった。
その間に残りの四人がかごに商品を入れに来た。

「なにどーしたの?あ、俺これね」
「昼間からビールか、さすがだねおそ松」
「フッ…己の内なるヴォイスに耳を傾けた…」
「カラ松もビールか、さすがだね」
「昼間から酒飲むなよな…あ、僕はこれお願いします」
「にゃーちゃんってスタバァとコラボしてるんだ」
「ぼくこれー!おなしゃす!」
「十四松はパフェ好きだねー」
「で、俺の弟たちは何をケンカしてんの?」
「パピコを誰が半分こするか、かな」
「…誰と?」
「あー、私と…」

四人が一瞬黙って、かごの中に入れた自分の品物をまた取り出した。

「あれ、やめるの?」
「俺も杏里と半分こする!」
「えっ」
「何だよお前らだけずりーよ!半分こなんていかにも青春じゃん!」
「抜け駆けは禁止だぜ、ブラザー」
「ったくそういうことなら先言ってよねほんと…」
「杏里ちゃん何味がいーい?」
「はぁ!?何で兄さんたちも参加してきてんの!?最初に半分こしよって言ったの僕だから!」
「順番とか関係ないし大体お前他の女の子とも半分こしたりしてんじゃないの?こういう時ぐらい兄弟の中で一番底辺の俺に譲るべきじゃない?」
「いやこういう時優先されるべきはどう考えても長男の俺だろ!?」
「いっつも長男長男言うけどその理論意味分かんねぇから!こういう時ぐらい引っ込んどけよ!」
「あぁん!?てめ言ったなチョロシコライジング!」
「杏里、二人でパピコという名の青春を今こそシェアする時、だぜ…!」
「杏里ちゃん!チョココーヒーとホワイトサワーとシチリアレモン!どれがいい?どれでもいーよ!杏里ちゃんが好きならぼくも好き!」
「………」

たかだか半分こするぐらいでこんなことになるとは思ってなかった。みんな半分こにすごく夢を持ってたんだな…
おじいさん店員が微笑ましそうに見てくるのがまだ幸いだけど、うるさくしてごめんなさい。
こうなったら六本分食べるか…
みんなやりたいって言ってくれてるし、ここは私が男気を見せよう。

「分かったよ、みんなと半分こするから静かにして…」
「えーっみんなとぉ〜?」
「もう!兄さんたちが口挟んでくるから!」
「は?お前一人だけ抜け駆けさせるかよ」
「…もう買うよー」

まだ色々言っているみんなを置いて、パピコのパックを六個買う。
ビニール袋を下げて休憩スペースに向かうと、みんなもぞろぞろ付いてきた。

「はい、どうぞ」

椅子に座って袋を渡すと、無言かつ急いでパックを開けだした。
六つ揃ったパキッという音が聞こえ、私の前に六本のパピコが差し出される。


「「「「「「どうぞ、お好きな松を」」」」」」


エロ本を選んでる時と同じくらい真剣な顔だった。なんだか複雑だ。
やっぱり家で大人しくしていた方が良かったのかもしれない。窓越しにじりじりと照らしてくる陽を避けながら思った。



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