×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



ゴールデンチケット3


一松くんに子供扱いされながらウミガメのいるトンネルを抜けて、カラフルな熱帯魚やふわふわ漂うクラゲ、ペンギンや珍しい古代魚なんかを順番に見て行った。
評判になるだけあって、本当に色んな生き物がいて楽しい。
目がいくつあっても足りないくらい。
でもはしゃぎすぎるとまた一松くんにからかわれるから、控えめにしてたつもり。
タイミング良くイルカショーも見れた後、化粧を直したいと言って化粧室に来た。
バッグの中から取り出したのは、メイク道具じゃなくてスマホ。
ネット検索に打ち込んだキーワードは『可愛いわがまま』。
ずらっと出てきたページの中からいくつかにささっと目を通して、ついでに化粧を軽く直して一松くんの元へ。

「ごめんね、お待たせ」
「ううん」

水槽の端に座ってガラスの向こうのアザラシと遊んでいた一松くんが立ち上がり、当然のように手を差し出してくれる。
その手を握って、水族館最後のエリアに入った。
頭の中の半分くらい、次は何のわがままを言おうって考えながら。

前に私が作った『何でも願いを叶える券』を、こういう風に使われるなんて思ってもなかった。
私のわがままを聞きたいって最初はどういうことだろうって思った。
けど、一松くんに何も期待してないように思われてたなんて…そんなことないのに。
私が普段わがままかなって思ってたことも、一松くんの中では何でもないことだったみたいだし。
優しいなぁ、一松くん。
こんな人が私を選んでくれたってだけで充分すぎるよ。
それに…
ちら、と一松くんを見やると、一松くんも私をじっと見てるのに気付いた。
見てるっていうか、観察されてるような。

「な、なあに?」
「杏里ちゃん、化粧直した?」
「う、うん!直したよ」

軽くだけど、ファンデーション崩れてたの直したのは事実だし!
別の目的があって化粧室行ったのバレませんように…!

「そう…」
「え、何か変?直ってない?」

ファンデ濃すぎたかな…?
心配する私を見つめたまま、一松くんが「ううん」と独り言のようにぼそりと答える。

「直す前も後もずっと可愛いからどこ直したのか分かんなかった…」

ほら!!こういうこと自然に言ってくれるんだもん!!
これ以上何を望むっていうの!?
私が照れて何も言えないでいると、「余計なこと言った?」ってちょっとおろおろしてるし。
そんな一松くんの方がよっぽど可愛いと思う。

「ううん。…えへへ、ありがとう」


わがままに振り回されたいっていう一松くんの願い事。
叶えてあげたいけど、ほどよく振り回して一松くんに嫌われない範囲のわがままって何だろう?
私がさっきから気にしてるのはそこだ。
一松くんは優しいから、私がわがまま言えるように「振り回されたい」って言ったんじゃないかなって思う。
それと同時に、一松くんはやっぱりトト子ちゃんみたいにうまくわがまま言えるような子がタイプだったりして…とも思っちゃう。
トト子ちゃんって多少無茶なお願いでも可愛く言えるからすごいもんね。
私は一松くんに言われたようにどっちかと言うと消極的な方だ。
彼女として物足りないって思われてる部分もあるのかも。
だから、考えたくないけど…
も…もし、一松くんの思ってるようなわがままを言えなかったら、飽きられちゃうかもしれなかったり…!?
そ、そんなのやだ!
ネガティブな想像を払うように、気付かれないよう頭を振る。
代わりに思い出すのは、『可愛いわがまま』の検索結果。
考えなきゃ、わがまま…


「杏里ちゃん」
「あっ!うん」
「もうすぐ出口だけどどうする?」
「あ…えっと、うん、もう出よっか」
「はーい」

きらきらと光る魚たちに別れを告げて出口へ向かう。
話題になってるだけあって、すごく綺麗な水の世界だったなぁ…
って違う違う!このままじゃいつものデートと変わんないよ…!
焦りつつ最後のエリアを出ると、広いグッズ売り場になっていた。
水族館のグッズって色々あるんだ。

「何か見る?」
「うん、ちょっと見たいかも…あ!見て一松くん!」

返事してすぐ、すごく可愛い物を見つけた。
アザラシの抱き枕。
抱き心地すっごくいいし、寝る時に邪魔にならないサイズ。
何よりさっき見た子と同じ愛くるしい顔。
つぶらなプラスチックの黒い目に、見つめる私の顔が映っている。

「可愛いなぁー!」
「杏里ちゃんにぴったり」
「えへへ、一松くんも持ってみて」
「…」

私から受け取ったアザラシを少し恥ずかしそうに、エスパーニャンコちゃんのようにぎゅっと抱える一松くん。
な、なんか可愛い…!
ふと思いついて、近くの棚にあった水色のハットも一松くんに被せてみた。
大人っぽい一松くんが一気に幼く見える。

「ふふふふ、可愛い」

さっき子供扱いされたことへのささやかなお返しだったりするのだ。
一松くんは「どこが…」とちょっとふてくされた。でもその表情も可愛く見えちゃう。
それにすぐハットを取らないでそのままにさせてくれてるところ、好きだなぁって思う。

「触り心地すっごいよくない?」

ハットを元の場所に戻して聞くと、一松くんは何度かアザラシをふにふにと抱きしめた。

「ん…いいね。肌触りが七丁目の黒に似てる」
「中華のお店の隣によくいる子だね。わかる!毛並みいいもんねあの子」
「さすがハタ坊の会社っつーか…いい生地使ってんな」

確かに安っぽくない生地だけど、値段はかなりお手頃だ。
さっき一松くんが「ハタ坊は道楽で経営してる」なんて言ってたなあそういえば…

「いいなぁこれ」

とにかく手触りは最高だ。
一松くんの持つアザラシのほっぺたを両手で包み込むように撫でていると、アザラシの顔がすすっと近付いて私の鼻先に軽くぶつかった。

「ぷわっ」
「くくっ…油断したね」
「油断した!ふふふ」
「…欲しい?」
「そう、だなぁ………一松くん買ってくれる?」

ううんって言おうとしたけど思い留まった。
トト子ちゃんのように強気に、とはいかなかったけど、思い切って言ってみる。
無理のない値段の物をねだるわがままは許せるって、さっき調べたページに書いてあったし…!
でも、一松くんの返事次第だ。
内心ドキドキしながら返事を待っていると、一松くんはすっと目を細めた。

「いいよ」
「え…ほんとにいいの?」
「ほんとにいいよ」
「あ、ありがとう…」

いざいいよって言ってもらえるとちょっと気が引けてしまう。
今まで一松くんに自分の欲しい物を「買って」って言ったことなかったからなぁ。

「一松くんは何か欲しい物ない?」
「俺?別に。杏里ちゃんこそ他にないの、欲しいの」
「ううん!これだけ。でも…」
「…ここ、タダで入れてもらったし、今日は金有り余ってるから」

私の遠慮を察したのか、一松くんがぼそりと呟く。
その声のトーンにドキッとした。
ニートだからわがままを言われない、なんて思わせてたのに、ここで私が遠慮してたらますますそう思わせちゃうよね。
一松くんだって本当に無理なことは無理って言ってくれるはずだし、今は素直に甘えよう。

「…じゃあ、これ、お願いします」
「うん」


アザラシは透明なビニールバッグに入って私の元にやって来た。
バッグの上からぎゅっと抱きしめる。

「ありがとう一松くん」
「これくらい、別に…」
「一松くんがくれた猫と一緒に並べておくね!」

一松くんがくれた猫というのは、前にプレゼントしてもらった一松くんお手製のぬいぐるみだ。
チョロ松くんにも似た物をあげたことがあるらしい。
それをうらやましがっていたら、ある日サプライズでくれたのだ。
パンク風の見た目で、目がボタンになっているハンドメイド感溢れる可愛い猫。
枕の近くに置いているので、寝る時はいつもその子が見守ってくれている気になる。
遊びに来た春香は「魔除けになりそうだね…」って言ってた。そういうつもりで枕元に置いてたんじゃないけど、確かに悪夢は見ないかも…?
このアザラシともいい友達になると思うんだけどな。

「まだ持ってたの…?」
「持ってるよー。枕元に置いてる」
「何それ羨ま…じゃなくて、とっくに捨てられてると思ってた」
「え?す、捨てないよ…せっかく一松くんが作ってくれたのに」
「いらなくなったら捨てちゃって」
「捨てないってば。この子の友達にするんだ」
「友達って」

隣からふっと笑う息遣い。
うっ、また子供っぽいって思われてるに違いない…!
というか今の台詞は自分でも子供だと思った。分かってます!

「そ、それはそうと、この後どうしよっか?」
「どうする?杏里ちゃんが決めていいよ」
「うーん…」
「ほら、持っててあげる」
「あっ、ありがと…!」

アザラシは一松くんの手に渡った。
荷物をさりげなく持ってくれるとこ、優しいなぁ。好きだなぁ…
胸の内に広がる幸せを噛みしめながら、水族館を後にする。
どうしようかな、これから…
わがままを言ってほしいっていう一松くんのお願いとはいえ、何かを買ってもらうのはちょっと罪悪感を覚えるってわかった。
だからここからはなるべくお金の絡まないわがままにしよう。今特に欲しい物もないしね。
となると…うーん…

ふと、検索で出てきたページの一番最後にあった項目を思い出してしまった。
彼女にねだられて許せるわがまま第一位。
それは………

体がかあっと熱くなる。
ま、まだ早いかな…!
でも、私たちって一応付き合ってるわけだし…早いってことないよね…?
そういうこと、してみたいな、とか…思わなくもないし。一松くんとだったら…
だけど一松くんからそういうの、言われたことないんだよね。
手は時々繋いでくれるけど、スキンシップはあまりする方じゃないし…
こういう機会を利用して私から言うのってどうなんだろう。
今日は私のわがままを聞いてくれる日。…言ってみてもいいのかな。
ああでも、引いた顔されたら怖いな…!

「…杏里ちゃん?」
「えっ、あっ、ううん!全然大丈夫!」

黙ってうだうだ考えてたら一松くんに心配されてしまった。
うん、この話はとりあえず置いとこう…!
次のわがままを考えつくまでの繋ぎにと、水族館の隣の公園にぶらぶら入っていく。
すると広場と遊歩道を区切る茂みから黒猫が一匹、私たちの前にのそりと出てきた。
一松くんの持つアザラシにびっくりしたのか、その子は道の真ん中で体を固まらせてしまった。

「怖くないよー」

しゃがんで手を差し伸べるものの、すぐに逃げて別の茂みからこっちの様子をうかがっている。
最近触れ合ってる猫はみんな一松くんの友達だから、さっさと逃げられちゃうの久しぶりかも。

「あいつ新入りだな」
「あ、やっぱり?目の色が見たことない子だったよね」
「うん。ここも新しいパワースポットになったか」
「ふふふ、また遊びに来よう」
「だね…」
「…あっ」

警戒心あらわにこっちを見る黒猫ちゃんを見ているうち、私は思いついた。
次のわがままはこれだ!決まり!


*前  次#


戻る