×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



ゴールデンチケット4


俺は仮説を立てていた。
杏里ちゃんは善良な人間のいい部分だけを集めて出来た神女子なんじゃないだろうか。俺ら六つ子から生まれた神松のように。

俺が知ってる女の子のわがままは、大抵金になるかならないか、セレブ感を味わえるか否かが鍵だ。
だから杏里ちゃんがアザラシのぬいぐるみを欲しそうにしていた時、俺はまずこんな物が金になるのだろうかと思った。
高級感なんてない、ただのぬいぐるみ。
おそ松兄さんが「とりあえず女の子にはこれでしょ〜?」とか言ってトト子ちゃんにあげた結果、「つまんねぇもん寄越すな」と腹部にアッパーを喰らった因縁のプレゼント。それがぬいぐるみである。
それをわざわざ欲しがるって、欲がなさすぎじゃない?
あ…もしかして、換金ショップへ売りに行った後で「全然お金にならなかったんだけど」となじられるプレイが待っているのでは。最高。
そのぐらいのことは期待、いや覚悟していた。
喜び勇んで金を払ったわけである。

しかし杏里ちゃんは、前に俺があげた猫のぬいぐるみと一緒に置いてくれると言う。そいつの友達として。
俺だけじゃなく俺の分身にも友達を作ってくれるなんて。
ていうかあの猫まだ持っててくれてんの…?
やっぱり善良な部分を集めて出来た、神の化身に違いない。
だとしたら、神松を悪松が倒しに来たように、どこかの悪の寄せ集めが杏里ちゃんを滅ぼしに来るんじゃないか。
杏里ちゃんと散歩がてら入った公園で黒猫に出くわした時、そういうわけで一瞬警戒してしまった。
悪の化身がまさか猫の姿をするはずがないのに。今日は朝からご褒美が多すぎて判断能力が鈍っている。
まあ下らない妄想は置いておくにしても、もし今後万が一杏里ちゃんに何かあっても大丈夫なように、実は既に対策を取っている。
俺の分身には俺の髪とエスパーニャンコの毛を一本ずつ入れてある。何かあった時は動いてくれるはず。物理的に。
杏里ちゃんに危機が迫ったら頼むぞ分身。
つか枕元に置かれてるって何だよそれクソ羨ましい…
毎日杏里ちゃんの寝顔を見てるってことだろ。俺は数えるほどしか見たことないのに贅沢な暮らしを送りやがって。
まあ、杏里ちゃんの側に置いてもらってるのは良かったと言えよう。
俺が今抱えているこのアザラシと共に杏里ちゃんの平穏を守って欲しい。

「一松くん!次やりたいこと思いついたよ!」

黒猫に合わせてしゃがんでいた杏里ちゃんが、嬉しそうな声をあげた。

「ん、何?」
「ふふふ…今はないしょ。デカパン博士のところに行きたいの」

立ち上がった杏里ちゃんが俺の側に来た。
目がキラキラしている。よっぽどいいことを思いついたに違いない。

「じゃ行く?」
「うん!」

杏里ちゃんの喜びの表現は分かりやすい。ぴょこぴょこ跳ねるように俺の隣を歩いていく。
俺もつられて何となく早足になった。


デカパンのラボに着いたのは昼前だった。
「こんにちは」と言いながら杏里ちゃんが入っていく。
外観とは裏腹に広く静かなラボ。
来客用の丸テーブルを中心に据えた室内は奥に長く、先が見えない。
天井には大きなライトが等間隔に備え付けられ、丸い光を落とされた床からは色とりどりの芽が生えている。一体何を育てているんだか。
相変わらずだな、と眺めているとデカパンとメイドのダヨーンが出てきた。

「はい、こんにちはダス」
「こんにちは」
「…こんちは」
「おや、水族館に行ってきたダスか?」
「そうなんです!すごく綺麗で…」

俺よりコミュ力の高い杏里ちゃんがデカパンと雑談を始めた。
杏里ちゃんのわがままって、デカパンとお喋りしたかったってこと…?
いや、いいけどね…今日は杏里ちゃんのわがまま聞く日ですから…別に放っとかれたって……
邪魔にならないよう床に座ろうとしたが、その前に杏里ちゃんの手が俺の袖を引いた。

「あの、今日はデカパン博士にお願いがあって来たんです」
「ホエホエ。何ダスか?」
「一松くんを猫にしてもらえませんか?」
「えっ」

まさか、杏里ちゃんのわがままって。
半信半疑で杏里ちゃんを見た。
俺の視線に気付いた杏里ちゃんがにこっと笑う。

「一松くん猫になりたがってたでしょ?私も猫の一松くん見てみたいし、どうかな」
「…………神よ…………」

猫になりたい、という願いをこんな形で叶えられるとは。
デカパンが「ちょっと待つダス」と壁際の棚へ向かっても、俺は呆然と立ち尽くしたままだった。

「やったね一松くん!猫になれるよ」

アザラシがいつの間にか杏里ちゃんの手に渡っていて、俺の腕を鼻で突ついてくる。

「………杏里ちゃん」

言うべきことがあるはずなのに、なかなか口から出てこない。
色んな感情が喉でつかえてしまっている。

「杏里ちゃんは、それでいいの」

結局出てきたのは、自虐精神が発揮された言葉だった。

「うん。だって私、一松くんみたいな猫飼ってみたいって思ってたし」
「でも…」
「一松くんも猫になりたいって言ってたから、一石二鳥だよ!」
「…うん。…あ…あり、がと」
「楽しみだねー」

ねー、とアザラシに話しかける杏里ちゃん。
棒立ちのまま、両手をぐっと握り締める。
猫になってまずやるべきことの一つは杏里ちゃんへの恩返しだな。昔見た猫が恩返しする童話のように、一国でもニ国でも杏里ちゃんに捧げよう。

「あの…一松くん」
「はい」
「もう一個わがまま言っていい…?」
「何なりと」

もう命すら捧げるつもりでいる。
杏里ちゃんは恥ずかしそうにアザラシで顔を半分隠した。

「えっと、一松くんには悪いんだけど…」
「どうにでもして」
「…猫になってほしいってわがまま、今日一日だけのものにしてほしい…」
「ん?」
「一松くんがずっと猫だとちょっと寂しいから…あの…今日が終わったらまた人間に戻ってほしい、かな」
「…ん、俺も今日だけで充分だから」
「…うん!ありがとう、一松くん!」

俺みたいな人間に、人間でいてほしいなんて感情を抱いてくれる杏里ちゃんのために、俺は生きる。
これから訪れる貴重な杏里ちゃんとの猫生活に思いを馳せていたら、デカパンがダヨーンを伴って帰ってきた。

「お待たせダス」
「…う゛っ…!」

デカパンは巨大な注射器を抱えていた。
怪しげな黄緑の液体がなみなみと入っているその針の先が、ライトを反射して鋭く光った。
一瞬にしていつかのトラウマが蘇る。
体の表面全部から汗が吹き出し、内臓から震えが起きた。

「博士、その注射器は何ですか…?」
「これで猫になる薬を注入するダスよ。さ、一松くん尻を出すダス」
「ひっ…」
「あ、一松くん」

思わず杏里ちゃんの背中に隠れた。
情けないとかんなの知るか!注射なんて絶対無理!
全身の毛を逆立ててデカパンを睨む。

「一松くん、注射苦手なんだね…って言っても、私もあの大きさはちょっと怖いけど…」
「人間を猫に変えるためには、多少の試練は必要ダス」
「ううううるせぇ!む、無理なもんは無理!」
「あの、絶対注射しないといけないんですか?」
「そんなことはないダス」
「嫌がらせかよ!?!?」

人畜無害そうな顔して侮れない。こういうおっさんが一番怖い。
杏里ちゃんの前で恥かかせやがって…
何食わぬ顔して「じゃあこれを飲むダス」と空のビーカーを差し出してくるデカパンを陰から威嚇する。
俺の代わりに受け取った杏里ちゃんのビーカーへ、注射器から黄緑色の液体が注がれていく。

「これを飲めばいいんですか?」
「そうダス。さあどうぞ飲んでみるダスよ」
「一松くん、はい」
「………」

杏里ちゃんからビーカーを受け取る。臭いはない。
恐る恐る口に含んでみた。
味も特に感じない。色を除けばただの水のようだ。
これで本当に猫になれるのか?
半信半疑で二口目が喉を通った瞬間、ビーカーが手から離れていった。
急に景色が変わり、俺の片手どころか両手にも到底収まりきらない大きさのビーカーが、口から液体をだらしなく垂れ流しながら目の前に転がっている。プラスチック製だったらしく割れてはいなかった。
その向こうにビーカーよりももっとでかい足が二人分。
周りにはビルのような植物の芽。

「しまったダス…薬を間違えたようダス」

デカパンの声が遥か頭上から降ってくる。
ああそうか、猫になったのか俺。
だから周りの物がやけにでかくなったわけね…
いやちょっと待て、薬間違えたって言ったぞ今!?
自分の体を確認すると、体が小さくなっただけで格好は人間のままだった。
顔も触った限り、残念な仕様のままだ。
ただケツの方に違和感がある。何か毛むくじゃらの物が押し込められているような。
上から引っ張り出して見ると、紫がかった灰色の尻尾だった。
まさかと頭に手をやると、ふさふさした三角の突起物。
この状態、身に覚えがあんだけど…

「博士、これって…」
「前に君に渡した薬に改良をくわえた物のサンプルダス。見た目が似ているから、うっかり間違えてしまったダス…」

やっぱり俺が杏里ちゃんに黙って飲ませた時のやつか。
元々猫用の薬だが、人間が服用すると猫耳と尻尾が生えた状態になる。
なおかつあの時は薬の成分が変化していて、偶然の効果で杏里ちゃんの体が小さくもなった。
あれから別の薬として完成させてたのかデカパン博士…
んだよじゃあ教えろよ俺に!!!杏里ちゃんにもう一回飲ませたかったのに!!!
大体猫耳と尻尾ぐらい俺普通に生えさせれるし薬とかいらねぇし。
チッ、俺が飲んだって意味ねぇ…

「一松くん…」

体が宙に浮いた。
目の前にいつもより大きくなった杏里ちゃんの顔。
目、が輝いてる。

「…可愛い…っ!」

ふやんとした柔らかな感触とほのかないい香り。
とろけるようなはしゃぐ声。
すり、と俺の頬を撫でていく髪。
杏里ちゃんに抱き締められていると気付くまでに時間を要した。

「…は………っ!!?」
「わあー!一松くんがちっちゃくなってる!可愛いー!しかも猫だー!」
「はうッ…」

前言撤回。俺が飲んだ意味はあった。
普段俺の親友達に向けるような慈愛と甘さを含んだ笑みを向けられ、耳の根元を柔らかく撫でられる。
これが天国でなくて何だと言うのか。
あと…ここここれ下半身に当たっ…思いっきりむむ胸があ、当たってんだけど…!?いいの杏里ちゃん!?
テンションが上がっている杏里ちゃんは気付いていないのか、溶けそうな笑顔で俺の猫耳を触っている。
今までで一番激しく刺激的な杏里ちゃんからのスキンシップに俺の童貞も溶け落ちて喪失する勢い。

「……っは……はぅ……」
「申し訳ないダス、今ちゃんと猫になる薬を持ってくるから飲み直すといいダス」
「あ、そっか。これ完全な猫じゃないもんね…」
「いやこのままでいい」

ちょっと残念そうな素振りを見せた杏里ちゃんをがっかりさせたくないから遠慮した。
今日の主役は杏里ちゃんだ。杏里ちゃんが今の俺で喜んでくれるなら現状維持でいい。
あとこう、もうちょっと手の力強めてもらってもこっちとしては問題ないというか、密着してもやぶさかじゃないというかそんな感じなんだけど。

「それはサンプルだから、効果も短いダス。一、二時間が限度ダス」
「分かりました。よーし一松くん、それまでいっぱい遊ぼう!」
「…にゃぁ」
「可愛い〜!」

俺一生このままでいいわ。


*前  次#


戻る