×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



冬のバカップル


杏里ちゃんが冬休みに入ったある日、珍しく雪が降り積もった。
前から散歩に行く約束をしていたので代わり映えのない紫の防寒具を着こみ街へ出る。
どこもかしこも白い雪が覆っている風景を眺めながら待ち合わせ場所で佇んでいると、杏里ちゃんはさすがおしゃれでテレビで見るようなコートとブーツを身に付けて現れた。可愛い。言うまでもない。

「一松くん、今日雪すごいね!積もってるね」
「そうだね」
「足元サンダルで寒くない?」
「この靴下内側が何かもこもこしてるやつだから…」
「そっか、暖かいやつだ。これ柄可愛いね、おしゃれだね一松くん!」
「…いや…杏里ちゃんの方が…あれ…その…」

思っていたことを先に言われた上に、寒いせいかいつもより距離の近い杏里ちゃんを見れず口ごもっていると、唐突に「わぁ!」と驚いた声が上がった。

「えっ」
「上から雪落ちてきた…!冷たいー…!」
「だ、大丈夫?」

ようやく隣を向けば、頭や肩に雪のかかった杏里ちゃんがふるふると頭を振っていた。
帽子も手袋もマフラーもしていない杏里ちゃんは寒そうだ。思わず手を伸ばして頭の雪を払ったら、頬と耳を赤くした杏里ちゃんが「ありがとう一松くん」と微笑みかけてきたので杏里ちゃんの髪を燃やしそうになり手を引っ込めた。

「あ、一松くんも肩に雪乗ってるよ」
「え」

杏里ちゃんの華奢な手が俺の肩に触れる。雪を払われるというより撫でられているような感覚で一瞬のうちに雪が蒸発した。
ありがとうすら言えずただ立ち尽くしている俺を見てまた杏里ちゃんが笑う。
聞いた話だが雪景色の中の女の子は魅力が三倍になるという。今まさにそれを実感している。杏里ちゃんのポテンシャルの高さ何なわけ?何かこう…埋もれて死にたい。
語彙力も溶けている俺の横で杏里ちゃんが反射した雪の光できらきらしている。

「こんな日はニャンコちゃんたちどうしてるかなぁ。暖かいとこにいるといいけど」
「…多分デカパンのとこでもいんじゃない?あそこ無駄に広いし」
「そうなんだ、だったら良かった」
「後で行ってみる?」
「うん!あ、私ね、こたつ出したんだ。またいつでも猫たちと遊びに来てくれていいよ」
「うん、行く…」

楽しみすぎる。みかんとか持っていこう。
雪道を杏里ちゃんが滑らないよう横目で見つつまずはコンビニに入った。
温かいお茶と猫缶を買って外に出ると、さっきまで止んでいた雪が降り始めていた。

「あ、また降ってきてる」
「だね」
「これからもっと寒くなってきそうだね……ひゃぁんっ」

脳がびりびりして溶けそうな声がすぐ隣から聞こえた。一瞬色んな想像をしてしまった。

「わああ冷た…!は、入っちゃった…!」
「はっ、入ったァ!?」
「ゆ、雪が…首にべちゃって…!」
「……」

分かってましたしね。冷たいって言ったしね杏里ちゃん。大丈夫何も動揺してない。オーケイブラザー。

「大丈夫?」
「うん、びっくりした…ごめんね騒いじゃって」
「ううん」

ハンカチを首元から背中の方に入れて拭いている杏里ちゃん。コートの首元が大きく開いているから、マフラーもしていない杏里ちゃんの首筋に溶けかけた雪が入り込んでしまったようだ。
俺は意味もなく体温が上がってきているのでマフラーを取った。

「あの、杏里ちゃん」
「ん?」
「俺マフラーいらないから…する?」
「え、でも…いいの?一松くん寒くない?」
「全然。中めっちゃ着てるし靴下これだし。あ…俺のでいいなら…」
「じゃあ、一松くんがいいなら貸してもらってもいいかな?さっきの雪でちょっと冷えちゃった」
「うん」

杏里ちゃんの首にぎこちなく巻いてあげると心底嬉しそうな顔をして「ありがとう」と言う。

「えへへ、一松くんがずっと着けてたからすごく温かい」
「うん」
「ん?あ、写真?撮るの?」
「うん」

スマホを向けただけですぐ理解してくれる杏里ちゃんは「今年の初雪記念だねー」と言ってピースをしてくれたけど正解は俺マフラー記念だ。保存して杏里ちゃんフォルダに入れておいた。
そして杏里ちゃんの隣で何事もなかったように歩きだす俺。
杏里ちゃんは俺のマフラーで暖を取っているが俺は杏里ちゃんがいればカイロはいらない。今も雪の中で焼失しそうだ。てかもっとおしゃれなマフラーしてくるんだったクソ…杏里ちゃんの今日のファッションに浮いてんじゃねーのこれ…

「一松くん、雪すごく降ってきたね」
「え…あ、ほんとだ」

いつの間にか視界に大量の粉雪が入ってきていた。杏里ちゃんの髪にもふわふわと舞い降りてきている。あ、まつ毛にも。何かスノードームみたいだな。
俺杏里ちゃんを題材に詩が書けるかもしれない。クソ松と同レベルに落ちたくないからしねぇけど。
いやそんなことよりこのままだと杏里ちゃんが冷える。家出る前に母さんに持たされた折り畳み傘の存在を思い出した。

「杏里ちゃん、傘持ってきた?」
「ううん、こんなに降ると思わなくて…」
「俺持ってきたから……入る?」
「いいの?」
「うん…」
「ありがとう、一松くん」

俺がいつか杏里ちゃんにもらった「一つ願いを叶える券」で叶えたいと思っていた夢が、はからずも一個叶いそうだ。緊張で手が震え、骨が外側に折り畳まれたまま傘が開く。今コントなんかやってないんですけど。死にたい。

「ふふふっ、慌てなくて大丈夫だよ」
「…ご、ごめん…」
「ううん!私もこういうのよくやっちゃうんだよね。ほら、もう元に戻ったよ」

俺が挙動不審になっている間に杏里ちゃんが骨を元通りに直してくれた。傘を開くのすら杏里ちゃん任せかよ。死にたい。
せめてものあれで傘は俺が持つことにした。今の失態がなくても持つつもりだったけど。

「ごめんね、ありがとう」
「ううん」

杏里ちゃんに雪がかからないよう最大限傘を杏里ちゃんに差し向ける。

「一松くん、ちゃんと傘入ってる?」
「入ってる」
「ほんと?あ、嘘。肩出てるよ。もっとこっち来て?」
「はい」

袖をくいくいと引っ張られた。また一つ夢が叶った。
夢が叶ったのはいいが想像以上にちちちち近い。体の半分が杏里ちゃんとくっついている…おいこれ以上余計なこと想像すんなよクソ童貞。
目をそらすように傘の下から見た街は雪一色になっていた。みんな寒そうに身を縮こませて歩いている。俺は脱ぎたい。

「あの〜、ちょっとお話よろしいですか?」
「えっ?は、はい!え?」

杏里ちゃんが誰かに話しかけられた。
そっちに目を向けると、マイクを持った女の人とでかいカメラをこっちに向ける男の人、他にも何か機材を持った人が俺達を囲むように立っていた。
何事?

「今ですね、今年東京初雪ということで街頭インタビューを行ってまして」
「あ、そうなんですか」
「少しお話伺ってもよろしいですか?すぐ終わりますので」
「どうする?一松くん」
「杏里ちゃんがいいなら」
「えと、じゃあ、はい、大丈夫です…」
「ありがとうございます!お二人はカップルですか?」

杏里ちゃんがちらりと俺を見た。

「はい!」

今の笑顔撮った?俺の彼女なんですよ。

「そうなんですね、今日は初雪デートですか?」
「いえ、前から約束してたんですけど、雪降るって思わなくて」
「なるほど。彼氏さんちょっと寒そうな格好ですけど、寒いのは平気なんですか?」
「…」
「あ、いちま…彼が今マフラー貸してくれてるんです」
「ああ、このマフラーは彼氏さんのですか。優しい彼氏さんなんですね!」
「はい、今も傘持ってくれてて…えへへ…」

何で杏里ちゃんが照れてんの?俺が死ぬシーンなんだけど。

「じゃあこんな雪の日は、彼氏さんの優しさを感じられていいですね」
「あ…でも、雪がなくてもいつでも優しいです」

死んだ。
どうして杏里ちゃんはこのクズに向かってためらいもなくこんなことを言えるんだろう。
優しい?俺が?杏里ちゃんの心が広くて感性豊かだからそう感じるだけ。
本当に優しい奴ってのはこんなクソ寒い日にだらだら外に連れ出したりなんかせずどっか温まる場所に入らせるもんなんじゃねぇの?例えばそうラブホテルとか。んなわけあるか永久に死ね。

「…して大丈夫でしょうか?」
「あ、私は大丈夫ですけど…一松くんは?」

杏里ちゃんが何やら俺の意見を求めているが全く話を聞いてなかったので適当に頷いた。杏里ちゃんが大丈夫なら別にいい。
するとなぜか紙に連絡先を書かされ、インタビュアー達はそこで俺達から離れていった。
いつの間にインタビュー終わったんだ。俺も杏里ちゃんについて語ろうと思っていたのに。

「はぁ…びっくりした。テレビのインタビューなんて初めて申し込まれたよ」
「急に来るもんなんだね」
「ねー。あ、傘そろそろ私が持つよ」
「だめ」
「だめなの?」
「杏里ちゃんが持ったら腕折れる」
「えー!ふふっ、そんなに重いのこの傘」
「百トンある」
「わー!一松くん超人だ!でも私も百トン持てるかもしれないよ」
「だーめ」
「だーめなんだ」

じゃあ百トンに耐えられなくなったら交代ね、と杏里ちゃんは言ったが死ぬまで耐えきるので杏里ちゃんの出番は永遠に来ない。残念でした。



猫達の様子を見回って杏里ちゃんを送り届けたのは夕方だった。
夕方と言えどすっかり日は落ちて暗くなっている。雪は止んでいるが風が冷たい。今日一日杏里ちゃんが着けていたマフラーをしっかり巻き付けて家に帰った。
すげーいい匂いする。この冬はずっとこれを着けていよう。
顔半分をマフラーに埋めつつ居間に入ると、チョロ松とトド松が「お帰り」と同じタイミングで言ってきた。

「ただいま」
「お前なんちゅう顔でテレビ出演してんだよ」
「…は?」

何の事かと思ったが、昼間インタビューを受けたことを思い出した。俺一言も喋ってないけど。

「…え、もうテレビで流れてんの」
「さっきのワイドショーでやってた」
「一松兄さん、SNS女子の間でウケてるよ。ほらこれ見て」

トド松がスマホを見せてきた。
それはSNSの画面で、『ツンデレ彼氏かよ』という一言の下に画像が貼られていた。
『彼がマフラー貸してくれてるんです』というテロップが入った笑顔の杏里ちゃんの横で、この顔見たら110番のポスターに載っていてもおかしくない表情の男が棒立ちになっている。
それだけじゃない。杏里ちゃんが「いつでも優しい」と言った時の画像や、俺が杏里ちゃんに傘を差し向けている後ろ姿の画像まで載せられていた。ここも撮ってたのかよ。

「…何これ」
「放送後からインタビュー動画やキャプチャーがめっちゃ出回ってんだよね〜」
「何で」
「笑顔の杏里ちゃんと一松兄さんの存在にギャップがありすぎたからじゃない?」
「…」

今日で何回死にたくなるんだ俺は。
でも反応を見る限りとりあえず好意的なコメントばかりで良かった。
これで『あんな男と付き合う子の神経が知れない』とか書かれた日には杏里ちゃんの前で詫びて腹を切るより他はない。まあ客観的に見たら俺も同じ感想を抱くけど。

「すいませんね恥さらしが兄弟の中にいて…」
「いやだから女子からはウケいいんだって。春香ちゃんからも『もし二人でいる時インタビュー来たらこういうのやろうよ!』って言われたもん」
「えっ?何トッティ、お前ら付き合ってたの?」
「ないよ。だから死ねって思いながら見てたよね」
「かわいそうな末弟の魂よ、どうか救われたまえ」
「チョロ松兄さんに同情されてももっと救われないんだけど」
「そんなことよりこの画像保存すんのどうやんの」
「一回死んでくれたら教える」

杏里ちゃんフォルダに画像と動画が増えた。
杏里ちゃんからメールも来ていた。誰かから教えてもらったんだろう『ほんとに放送されてたみたいだね!』ってやつと、その後に送られた画像付きのやつ。
俺の親友の一匹がこたつで丸くなっていた。
この上ない敗北感を味わった。
俺より先に杏里ちゃんとこたつを堪能するなんて。
今日は見かけないと思ったら、お前ごときクズがこの程度で調子に乗んなってことか。ありがとう親友。猫缶はお預けだ。


*前  次#


戻る