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支払いは体で4


歓楽街に近い、薄暗い寂れた通りの一角にひっそりと立つビル。
その二階の薄汚れたドアの前に立つ。ドアには「レンタル彼女」と手書きの安っぽいプレートが掛かっていた。
そのドアを一松兄さんが思いっきり蹴破る。
狭い部屋にはみすぼらしい机を挟んで椅子が二つ、その片方に座っていた人物が「ヒィィ」と叫び声を上げた。

「き、器物破損!不法侵入ざんす!」
「詐欺を働いてる奴に言われたかないねぇ…」
「は、はァ?何のことざんす?」

自らがレンタル彼女で僕らを陥れ、最終的に虎に喰われそうになった時のことが無意識によぎったのか、イヤミは頭を手でかばっていた。
対して一松兄さんは地獄から全ての災厄を引き連れて来たようなオーラと形相だ。この一松兄さんを前にしたら、もう自分で死んだ方が楽なんじゃないかってレベル。

「イヤミー、さっさと全部吐いた方がいいよー?一松マジおこだから」

むしろ煽るような口調で、おそ松兄さんが空いている椅子に腰を下ろした。

「だから!ミーは何も知らないざんす!帰ってちょ!」
「…るせぇ…喰わすぞ…」

地底から鳴り響くような声と共にガコン、と机の真ん中にひびが入った。一松兄さんの片足によって。

「ヒィィィィィィ!!」
「まーまー一松兄さんちょっと落ち着いて。イヤミにも色々確かめなきゃいけないことがあるでしょ。言質取らないと」
「そうだね。まずはお互い冷静になって」

僕とチョロ松兄さんが間に入って一松兄さんをなだめる。
その間に、カラ松兄さんと十四松兄さんがこの部屋の出入口となるドアと窓をふさいだ。

「さて…もう逃げ場はないぜ、イヤミ」

ひび割れた机に片肘をついて、真っ向からイヤミを見据えるおそ松兄さん。
イヤミの隣には一松兄さんが立っていて、殺人オーラを放ちながら見下ろしている。
イヤミの汗が半端ない。ウケる〜。

「何ざんす…何ざんすかこれは…」
「今から尋問を始める。正直に答えろ」

おそ松兄さんの言葉でチョロ松兄さんが二人の間に立った。
ただのビルの一室が、松野家による取調室へと変わった瞬間だ。

「イヤミ、お前杏里ちゃん知ってんな?」
「し、知ってるざんすがそれが?」
「最近会ったよなぁ?」
「最近?さぁ…」
「今日とか」

その一言で、イヤミは僕らの意図するところに気付いたようだった。
体は相変わらず縮こまってるけど、あろうことか少し開き直るような表情を見せる。

「ふ、ふん。だったらどうするざんす?」
「イヤミ、お前には無実の杏里ちゃんを騙して金儲けの手先にさせた容疑がかかってる」
「…チッ、あの娘喋ったざんすね…」
「誰に舌打ちしてんだボケゴラァ」
「ヒーッ!せめて暴力ナシでお願いするざんす!」

一松兄さんがすかさずイヤミの胸ぐらを掴み上げる。マジ優秀な杏里ちゃんのセコムだなー。

「ちなみに俺ら別に杏里ちゃんから聞いたわけじゃないから。独自に調査した結果お前にたどり着いただけで」

うん、嘘は言ってないね。
あの話を聞いた“人間”はここにはいないし。

「今から、お前が杏里ちゃんを騙した手口を述べていく。必要があれば反論を認める。んじゃチョロ松」

チョロ松兄さんがポケットから小さいノートを取り出して話し始める。

「まず一昨日、お前は杏里ちゃんとぶつかり、持っていた機械を道に落とした」
「…そうざんす」
「で、お前は杏里ちゃんに弁償を求めた。その額五百万」
「妥当な金額ざんすよ」
「しかし杏里ちゃんはすぐには払えないと言う。そこでお前はレンタル彼女の仕事を紹介した…」
「その通りざんす。言っとくざんすが、本人も納得した上でのお仕事ざんすよ?チミ達が口を挟む余地なんてないざんす」
「確かにそうだ。ほんとに杏里ちゃんが五百万とやらの機械を壊したんだとしたら、な」

ぎくり、とイヤミが肩を揺らす。

「ど、どういうことざんす?本当に彼女とぶつかった拍子に地面に落ちて壊れたざんすよ」
「嘘つけ…」
「ううう嘘じゃないざんす!」
「ちなみに、その機械ってのはどこにあるんだ?」

カラ松兄さんが部屋の中を見回す。
それらしき物はない。

「い…今は修理に出してるざんす」
「へえ、修理にねぇ…」

互いに目配せをしてにやりと笑う僕達。

「ま、部品が足りないなら修理に出すしかねぇよなぁ」
「…な、何が言いたいざんす?」
「十四松」

おそ松兄さんが呼ぶと、十四松兄さんがポケットをごそごそと探った。
そしてイヤミに何かを差し出す。

「はいこれ!返すね!」
「か、返す…?」

訳の分からない顔でイヤミがそれを受け取った。が、すぐに驚きの表情に変わる。

「こっ…これは…!」

イヤミの手の中にあるのは銀色の球体。
そこに大きな手書きの文字で『十四松』とサインが入っていた。

「どういうことざんす!?」
「うんまあつまり、お前の機械壊したの俺らなんだよ。ごめん」

おそ松兄さんが全く悪びれずに言い放ち、イヤミは口をあんぐり開けたまま固まった。
チョロ松兄さんが咳払いをする。

「順序立てて話そう。イヤミと杏里ちゃんがぶつかった日の前日…俺達はイヤミが薄ら笑いをしながら何かを大切そうに抱えているのを見たわけだ」



あの日は全員で競馬に行って全員一文なしになった帰りだった。
むしゃくしゃしていた。
ふと見ると、イヤミが何かを持って歩いていく。
「これでミーも楽して億万長者ざんす」……そんな声が聞こえた。
僕たちを差し置いてイヤミが金持ちに?
有り得ない。
ドブネズミはドブネズミらしく橋の下で大人しくしてればいい。
というわけで僕たちはイヤミの後をつけた。
イヤミがその何かを置いてどこかに行ったところで、僕たちは包みの中を見てみた。
それは車輪付きの箱に一本のアームがついた、奇妙な機械だった。
僕たちはそれでサッカーをして遊んだ。
程なくバラバラになってしまったその中から、十四松兄さんがさっきの球体を見つけてきた。どうやらアームが折れ曲がる部分の、要の部品らしい。
再び僕たちはそれで野球をして遊んだ。
久しぶりに思いっきり運動すると清々しい気持ちになり、お腹も空いたので僕たちは帰った。
十四松兄さんは記念のつもりか、野球ボール代わりにしていた部品をいつの間にか持ち帰ってきていた。
それっきり、イヤミの機械のことをすっかり忘れていたのである。



「デカパン博士のとこ行ってイヤミの機械について聞いたら、あん時遊んだやつと特徴そっくりでさー。お金拾い機?だっけ?」
「…こ…このクズ共…!!」
「まーそういうわけで。十四松が部品の一つを持ってたんだから、お前が杏里ちゃんとぶつかった時に機械として成立してたわけがない」
「さっきデカパン博士に聞いたけど、修理は頼まれてないらしいしね〜?」
「てかお前、博士に機械の代金払ってねーんだろ?これで金集めてから〜とか言って代金踏み倒した奴がよくもまぁでかい顔できるもんだよなぁ」
「あれ〜?てことは万引きしたのと一緒じゃない?」
「第一その機械、五百万どころかせいぜい三千円だって言ってたぞ博士は」
「…つまりお前は、最初からバラバラだった万引き商品の残骸を持ち、お人好しそうな人が通るのを待ってぶつかり、機械が壊れたと難癖をつけ、相手に弁償させるという名目で機械の代金以上の金を手に入れようとした」
「完全に…」
「サギだね!」
「何か異論はある?」
「………」

僕たちに畳み掛けられて、イヤミはわなわな震えた。

「……と、というか…というかッ……自分達が機械を壊したと白状してもなお強気なのは何でざんすか!?」
「あ゛?」

一松兄さんは地獄の使者なのでたかがイヤミの言葉に怯んだりしない。
まあ僕らもだけど。善良な一市民として、不当な金儲けが行われるのを防いだだけだよ?表彰してもらっていいぐらいだよね。

「んなこた今どーでもいいだろ?とにかく俺らは杏里ちゃんを解放してくれればそんでいーんだよ」
「謝罪!!チミ達に謝罪と賠償を求めるざんす!!」
「さっせんしたァ」
「どんぐりあげるね!」
「キーッ!!」

イヤミが頭をかきむしった時、ドアの外からカンカンと階段を上る音が近付いてきて、部屋のドアが開いた。

「イヤミさん!五百万用意できまし……あれ、みんな?」

紙袋を抱えた杏里ちゃんだった。走ってきたのか息が少し乱れている。
杏里ちゃんを見た瞬間、地獄の使者は借りてきた猫のようになった。

「どうしてみんながここに…?」
「ごめんね杏里ちゃん、イヤミから全部聞いたよ」
「え…」
「でもね!借金全部チャラになったよ!今!」

十四松兄さんが高らかに宣言した。

「ちょっ、勝手に何をぃだだだだだ!」

杏里ちゃんには見えない角度で、一松兄さんがイヤミの背中の肉をねじり上げた。我が兄ながらマジ陰険。

「え?何があったの…?」

状況が飲み込めずおろおろしている杏里ちゃんには、僕らが一から説明をしてあげた。
僕らがサッカーしなければ起こらなかった出来事かもしれないし、そこは申し訳ないと思って杏里ちゃんには謝った。

「解せないざんす…なぜその子には素直に謝るざんすか…」
「というわけで、ほんとなら僕たちが賠償とかしなきゃいけない立場なんだから、杏里ちゃんがお金を払う必要はないんだよ。まあ僕らもしないけど」
「こらおそ松!そこはきっちりするざんす!」
「トド松だって言ってんだろ!」
「杏里ちゃん、もうこいつ放っといていいから帰ろ。用はなくなった」

一松兄さんが杏里ちゃんを出口まで促す。僕らもそれに続いた。

「え、い、いいのかな…?」
「待つざんす!チミ達、このままじゃ済まないざんすよ…!!」

イヤミが机に手をついてゆらりと立ち上がった。その鬼気迫る表情に杏里ちゃんが怯える。
そんな杏里ちゃんをかばうように、一松兄さんが一歩前に出た。

「…じゃあ聞くけど。ここで営業する許可取ってんの?」
「…うっ…!」
「今からビルの管理会社に連絡してもいいんだけど」

スマホを片手に、一松兄さんはイヤミに圧勝した。


杏里ちゃんを連れて薄汚いビルを出る。
歓楽街だって近いのに、こんなところを杏里ちゃんに何回も通わせようとしてたとかほんとあり得ない。

「あの、みんなありがとう」

杏里ちゃんが僕たちに頭を下げたので、全員挙動不審になった。

「いやいや!なんかなるようになったっつーか、俺たちは事実をイヤミに突き付けただけだよ?」
「だけじゃないよ、それで私は助かったんだから…本当にありがとう!」

女の子の笑顔は癒される。あーいいことした。

「ところで杏里ちゃん、その紙袋って…マジで五百万入ってんの?」
「あ!さっきそんなこと言ってたよね、え…マジ?」
「う、うん。五百万より多いかも」
「み…見せてもらってもいい?」
「うん、急いで来たからそのまま入ってるけど…」

杏里ちゃんが抱いている紙袋を六人で覗き込む。
…マジだった。札束が詰まっている。

「ちょっ、こんなお金どこで…!?」
「前にトト子ちゃんとアイドル活動したでしょ?あの時の私の取り分らしいの…こんなに利益があったとは思ってなかったんだけど」
「…そういやお前、ラスベガスまで行ってたな…」

チョロ松兄さんが引いたような目で一松兄さんを見た。

「そんじゃ杏里ちゃん、この金はもう自由に使えるってことかぁ…いーいなぁ〜〜〜」

おそ松兄さんがめんどくさそうな声を上げる。

「ねー杏里ちゃん、俺たちがトラブル解決したってことでさぁ、何かおごってくんない?」
「さすがおそ松兄さん、イヤミにも劣らないクズ!」
「てへへ褒めんなよ!」
「褒めてねーよ!さっそくタカるな!」
「あの、私はいいよ。こんなにもらっちゃってどうしようかと思ってたから…」
「う、うそ杏里ちゃん、マジで言ってんの…!?」
「て、天使かよ…!」
「あ、でも寄付にも回していいかな?動物を保護してる団体を支援できたらいいなって思ってて」
「天使だった!」

杏里ちゃんから後光が差して見えたのは、決して夕焼けのせいだけじゃないと思う。
結局杏里ちゃんの好意に甘えて、ごくごく一部のお金を使って夕ご飯を食べに行くことになった。
杏里ちゃん、お人好しすぎる。イヤミにつけこまれるわけだ…
と、杏里ちゃんが辺りを見回し始めた。

「そういえば、あのもこもこくんは?」
「もこもこくん?」
「うん、みんなと一緒に出ていった大きい紫の子」
「あー…あいつは帰ったよ」
「そうなんだ…」
「何か用だった?」

残念そうな杏里ちゃんに、一松兄さんが恐る恐る聞く。

「また会いたいな」
「え」
「可愛かったし、あの子に話したらほんとに悩みなくなっちゃったんだよ!だからあの子にもお礼したかったなぁ」
「か、可愛かったの?あれが?」
「うん!あれ、可愛くなかった?」

僕の質問に小首を傾げて答える杏里ちゃんの方がよっぽど可愛い。

「って、どこ行くんだ一松、そっち歓楽街だぞ」
「…ラブホにでも入るリア充共を見ればものの数秒で…」
「自ら闇をまといに行くのはやめてよ闇松兄さん!」
「一松くん、ご飯食べに行かない?」
「行くけど」

ポンコツ兄さんはものの数秒で戻ってきた。
それにしても今日一日で一松兄さんの情緒、かなり変動したな…数時間前まで死体のようになってたのに。
まあ闇をまとわなくなっただけマシだよね、と杏里ちゃんを見つめるノーマル四男を見て僕は思った。
兄さんがここまで頑張ってんだからさ、早く二人をくっつけてあげてよ神様。


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