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クリスマス前日譚1


赤と緑と金の装飾がやたらと増え始め、夜でも浮かれた雰囲気の商店街の片隅に一人底辺のオーラを背負って立っている俺。
色々なカップルが楽しそうに行き交っているが、時々俺をちらりと見ては嘲笑うように二人の世界に戻っていく。ように思える。
どうでもいい。至極どうでもいい。
なぜなら今年は俺も一応あいつらと同じ立場だからである。
今俺はただ突っ立っているわけじゃない。彼女を待っている。妄想でもレンタルでもない、正真正銘俺の彼女。
思わず笑みをこぼすと、この寒いのに足を露出させたイヤミ似のブスが横の男に「やだこわ〜い」とか言ってしがみついていた。
誰がお前の足見てにやけんだボケが。一刻も早く失せろ。

「一松くん!ごめんね、待った?」
「あ、杏里ちゃん…」

隣のケーキ屋のドアが開いてクリスマスの妖精が出てきた。違う。俺の彼女だ。
バイトを終えてメイド服じゃなくなった杏里ちゃんのロングコートから伸びる足は、分厚いタイツとファー付きのブーツに守られている。杏里ちゃんは季節感ってものをよく分かっている。
俺の隣に並んだ杏里ちゃんは軽やかに壁にもたれた。杏里ちゃんからふわりとお菓子の甘い匂いがする。

「お店の中で待っててくれても良かったのに。寒くなかった?」
「全然。平気」
「ほんとかなぁ?一松くん無理しちゃうから…」
「杏里ちゃんこそ」
「そんなことないよー」
「あるね」
「ふふふ」

何が面白かったのか杏里ちゃんが笑う。
杏里ちゃんの笑顔の糧になるなら、俺みたいな底辺クズでも生きている価値があると言えよう。日に日に非リア充共が死に行くこの季節でも、俺は杏里ちゃんによって生かされている。
連れ立って歩き始めた俺達はいつも通り猫の見回りに向かった。クリスマス独特のチカチカした風景の中で、猫達は何も変わらず寝そべったり杏里ちゃんに撫でられたりしている。

「寒いけど、みんな元気そうだね」
「うん」
「ほら、ちょっと早いけど一松くんからクリスマスプレゼントだよ」

俺の持ってきた高級煮干しを猫に与えている杏里ちゃんは聖母のようだった。猫の世界に聖書があればまず間違いなく描かれている場面だ。
路地裏から出て今度は駅の方へ向かう。
クリスマスのイルミネーションが設置されたので、杏里ちゃんが見に行きたいらしい。どこへなりともついていく。

「もうすっかりクリスマスだね」
「だね」
「一松くん、去年のクリスマスは何してたの?」
「……兄弟とプレゼント交換」
「わ!楽しそう、兄弟がいっぱいいるといいね」

去年の詳しい惨状は杏里ちゃんには話せない。
杏里ちゃんが「ニャンコちゃんには何かあげた?」と聞いてくれたので話をそらせて助かった。ゾンビ化した挙げ句に街のリア充に悪絡みしたことを知られたら、今年のクリスマスは多分終わるし俺の生涯も幕を閉じる。どうしてこう俺の人生には黒歴史が多いのか。
今まで果たして胸を張って語れる過去などあっただろうかと考えているうちに駅前のイルミネーションに着いた。
広場と大通りの並木にクリスマスらしい華やかなライトが点灯している。
立ち止まって見上げている人達に俺達も交じった。俺だけひどく場違いな気がしていたら杏里ちゃんに腕をつつかれてどうでも良くなった。

「ね、一松くんあそこ見て」
「ど、どれ」
「クリスマスツリーの隣の木の、真ん中当たり。猫がいるよ!」
「…ああ、ほんとだ」

猫を象ったライトが黄色に光っている。

「眼鏡かけたらエスパーニャンコちゃんになるね」
「そうだね」

発想が可愛い。なぜ杏里ちゃんはいちいち可愛いんだろう。俺と付き合ってくれていることも含め永遠の謎だ。

「…あの、ね、一松くん」
「ん」
「今年のクリスマス、何か予定ある?」
「いや、別に…」
「おそ松くんたちと一緒に過ごしたりしないの?」
「過ごさざるを得ないからそうしてただけ。クリスマスに同じ顔突き合わせてるとか地獄でしかない」
「そ、そうなんだ。楽しそうとは思うけど……あのね、私イブとクリスマスの二日間、バイトのお休みもらえるんだ」
「へえ…ケーキ屋ってその二日が一番忙しそうだけど」
「うん。だけどパートさんと店長が、学生さんはクリスマス楽しみなさいって言ってくれて」
「そうなんだ。良かったね」
「うん、それでね…」

杏里ちゃんが少し口ごもってから俺を見上げた。

「よ、良かったら、イブかクリスマスどっちでもいいんだけど、一松くんと一緒にいれたらな…って」
「………」
「どう、かな」
「………」
「一松くん?」
「……りょ、両方」
「ん?」
「両方が、いい」

杏里ちゃんの言葉が何を意味しているのか理解する前に、勝手に口が喋っていた。

「…うん、じゃあ、そうしよっか」

俺の見間違いじゃなければ杏里ちゃんが嬉しそうに笑っている。

「え…いいの」
「うん!私もそうできたらなぁって思ってたし、でも迷惑かなって…」
「全然」
「ほんと?」
「うん」
「…えへへ…それじゃ、その、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」

イルミネーションがゆっくり点滅している中で頭を下げ合う俺達は、周りから見れば変な二人組だったと思う。しかしこの時ばかりは全く気にならなかった。
その後は現実感もなくイルミネーションの道を通り抜け、何を話していたかも分からないままに杏里ちゃんのアパート前に着いた。

「また連絡するね」

杏里ちゃんの白い手がひらひら揺れるのを眺め俺は家路についた。
どこかからジングルベルの曲が流れ出てきている。もうすぐクリスマスか。クリスマス。
直角に曲がり路地裏に潜り込み頭を抱えた。

「あ゛ああぁぁぁぁぁ…!?」

ク…ク…クリスマスイブとクリスマスに杏里ちゃんと…杏里ちゃんと…!!!??
待った全く整理ができてねぇ…え?どうすればいいの?何すんの?な…なにすんの!!?
既に今心臓が痛え…俺は聖夜を迎えず死ぬのか?いやいっそその方がいいのかもしれない。クリスマスに抗いリア充撲滅にしか力を注いでこなかったような男に杏里ちゃんを喜ばせる術なんか一ミリも思いつかない。家族や友人と過ごした方がよっぽど楽しい日になる。
けど…けど、杏里ちゃんは俺と一緒にいたいって言ってくれた…イブもクリスマスも…
杏里ちゃんが俺を誘ってくれた時の少し不安そうな顔を思い出した。
俺なんかを誘うのに緊張しなくてもいいのに。杏里ちゃんが言うなら何だってするしどこだって行く。それしか能のないクソニートなんでね。
ということで俺は何としてでも、ク…クリスマスデート…を完璧に遂行せねばならない。杏里ちゃんの人生の汚点にならないような二日間にしなくては。
暗がりでゆっくりと立ち上がった俺は使命感に支配されていた。支配されすぎて自分の身体じゃないみたいだ。それもそのはず、今まではクリスマスに操られぬようこの身を反抗軍に置いてきたのだから、そう感じるのも仕方がない。
しかし今年はごちゃごちゃしたツリーや浮わついた音楽や目に痛いイルミネーションやらに一切を捧げよう。サンタもトナカイも敵じゃない。そう、ツリーはただのもみの木だしイルミネーションはただのLEDだ。何も恐れることはないのです、松野一松よ…
路地裏を出てすぐ俺はコンビニに向かった。
適当なクリスマス特集の雑誌を手に取り、一生不必要だと思われていた知識を一心不乱に吸収する。人気のクリスマスデートスポット…クリスマスイベント…クリスマス限定スイーツ…クリスマスがゲシュタルト崩壊しそうだ。

「一松……おい一松、何してんの」

肩を揺さぶられてクリスマスの渦から抜け出した。
隣を見るとチョロ松が怪訝そうな顔をしてこっちを見ている。

「お前がすごい顔して雑誌睨んでるから外通る人が怯えてたよ」
「…そう」
「で、何見てんの?…ああ」

俺が開きっぱなしにしていたページを見たチョロ松は察したように頷いた。

「お前はいいよな、杏里ちゃんがいて」
「…俺のことはどうでもいいけど、チョロ松兄さんは何してんのここで」
「にゃーちゃんからのクリスマスプレゼントを引き換えにね!CDこつこつ買って貯めた引き換え券がようやく実を結んだ時だよ…!」
「ふーんどうでもいい」
「おい今の僕ならお前を殺しかねないからな、気を付けろよ」

チョロ松と一緒にコンビニを出る。さっきまでキラキラして見えたイルミネーションがただの光の点灯に見え始めるんだから杏里ちゃんという人間はやっぱりすごい。

「ところで一松、どうすんの?」
「何が」
「杏里ちゃんとクリスマスにデートすんだろ、その様子だと」
「ん…」
「プレゼントは?もう用意した?」
「………!」

何てことのない五文字が俺を打ちのめす。
プレゼント。
そうだよクリスマスにプレゼントっつったら最優先事項だろ恐らく…!!
世のリア充カップル共が何に浮かれてるかって、そりゃクリスマスの特別なプレゼント期待してっからじゃねえの?だよなぁいくら綺麗なイルミネーション見たってただの光だもんなぁ!クソが!

「おい、一松?一松ー?」

杏里ちゃんは一体何を喜ぶ?
さっきの雑誌にも“センスが悪い男は恋人として無い”的なことも書いてたし、ここで選択を誤れば杏里ちゃんもとうとう俺に愛想を尽かすに違いない…それは、嫌だ。
思い出せ…杏里ちゃんは何か欲しいとか言ってなかったか?
杏里ちゃんと出会ってから今までの会話を細部に渡るまで思い返してみたが、杏里ちゃんが欲しいなんて言うのは大抵日用品で、一緒に遊びに行った時にその場で買ってるような物ばかりだ。
贅沢品を欲しがらないのは杏里ちゃんのいいとこだけど、今ばかりはもっと欲を出してくれてもいいのにと思う。
いや、俺が聞けば良かっただけの話じゃねぇのか?
てか俺、杏里ちゃんに何かプレゼントしようとかしたことあったっけ…?
あまりのことに戦慄した。杏里ちゃんからは身に余るほど色々な物をもらってきたというのに。
クズ…クズ極まりない。何を今さら彼氏面しようとしてんだ俺は?

「ちょ、一松、急に道の真ん中で闇発動しないでくれる!?何かここだけブラックホールみたいになっちゃってるから!」

チョロ松に引きずられるように家に着いた。すぐに押し入れに籠った。
自分のクズっぷりは重々分かっていたつもりでもこれはかなり堪える。何で杏里ちゃんの彼氏やってんの?死ねば?
でも死ねない。浅ましくもクリスマスデートをクソほど楽しみにしている自分がいる。クズのくせに。
今からでも考えろ。杏里ちゃんへのプレゼント…

ふと脳裏によぎったのは、今日の帰り道杏里ちゃんが何回か両手を擦り合わせている姿だった。隣に並んだ時、一瞬だけ触れた手も冷たかった気がする。
そういえば杏里ちゃんが手袋をしている姿を見たことがあっただろうか。俺の記憶の中の杏里ちゃんはいつも素手だ。
手袋。手袋をあげよう。
俺にしてはなかなか建設的なひらめきだ。良くやった。
けどそこらで安売りされてるような物はだめだ。杏里ちゃんの普段の服に合うような物でなければ。
少なくとも母さんが俺達の服をダース買いしてくるような店で買うわけにはいかない。てことはそれなりに値が張る物じゃないと。
ただ堂々たるニートの俺はもちろん金がない。
そこまで考えが至ったところで、今までにないくらい自然とこう思えた。

そうだ、バイトしよう。


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