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支払いは体で3


私がイヤミさんとぶつかって機械を壊してしまった二日後。
イヤミさんから連絡をもらった私は、指定された公園のベンチに一人座っていた。さっそくお仕事らしい。
確かに期限は一ヶ月とは言われていたけど…こんなに早くすることになるとは思わなくて、とても緊張して待ち合わせの時間よりも早く来てしまった。
お客さんの姿はまだ見えないし、この間に少し落ち着かなきゃ。
あれからネットで少し調べてみたら、レンタル彼女って普通にビジネスとして成立してるらしいし、違法なお仕事ではないはずだから。
そういえばおそ松くんもイヤミさんたちに騙されてたのを怒ってただけで、レンタル彼女自体は否定してなかったっけ。
私って世間知らずだなぁ…
その上、不注意で人の大事な物まで壊しちゃうなんて……
深い深いため息が出る。
イヤミさんは守秘義務とかで機械のことを人に知られたくないらしく、私がレンタル彼女をやることになった経緯も誰にも詳しく話してはいけないと釘を差した。
でも、釘を差されなくても誰にも言えなかったと思う、こんな情けない話。
そんなわけで誰にも相談できずにここにいる。

「…やっぱり、ちゃんと相談した方が…」

ううん、でももし他の人に話したことがイヤミさんにバレて、よく分からないけど慰謝料とか請求されたら…?
嫌な想像が膨らんでいく。
こうやってレンタル彼女のお金で返すのが、結局は一番早道かもしれない。
とにかく、これはれっきとしたお仕事なんだし、お客さんにはこっちの事情なんて関係ないもの。ちゃんとしなきゃ…!
そうだ、今のうちに料金表を見ておこうかな。
イヤミさんに渡されてからまだ目を通していなかったファイルを取り出す。
最初の数ページは、お客さんに対する説明のマニュアルやコースの基本料金が載っている。
デート代はお客様負担だけど、指名料は一時間コースで五百円、三時間コースが千二百円、半日だと五千円…
えっ、かなり安くないかな!?
ネットで見た限りだと一時間で数千円が相場って感じだったけど…出張料金なんていうのもあったし…
なんだ、かなり良心的だ。ちょっと安心した。
でも、その安心は『オプション料金』のページを開いた時に粉々になった。

・手を繋ぐ…三千円/分
・肩を抱く…六千円/分

えっ、待って、何この分刻みの料金設定…!?
しかも一分で三千円って高くないかな、手繋ぐだけだよ…!?
他のページも急いでめくってみる。

・会話…一万円/分
・隣同士で座る…五万円/分
・一緒にカフェに入る…十五万円
・一緒に遊園地に行く…二十五万円
・あーん、をしてもらう…三万円/回
・頭を撫でてもらう(一撫で)…五万円/回
…etc.

「う、うわぁ…!」

こ、これはぼったくりってことにならないかな!!デート代とは別ってことだよね!?
カフェに入るだけで十五万なんて聞いたことないよ…!!
とんでもないお仕事の片棒を担がされた気がしてきた私の目に、さらに衝撃的な値段が飛び込んできた。

・胸チラ見料…四千円/回
・足チラ見料…三千円/回
・お尻チラ見料…四千円/回
・優越感提供料…十五万円

「み、見ただけで…!?」

しかも優越感提供料って何!?
優越感を感じたら払わなきゃいけないってことかな…!?
途方もない量のオプション料金表を前に、私が冷や汗をかき始めた。
うう、おそ松くんたち、イヤミさんに近付くなって散々言ってたけど…こういうことだったんだ…!
でももう後の祭りだ。待ち合わせの時間は迫っている。
お客さんが来たら真っ先にこのファイルを見せよう…!
それで無理のない料金プランにしてもらおう!
五百万を稼がなきゃいけない立場の人間だけど、この料金はいくらなんでもだめだよ…!
そう決心した私は、待ち合わせ時間に現れたお客さんにまずファイルを見せた。
お客さんはやっぱりびっくりしていたけど、奇跡的にいい人だった。
「初めて女の子とデートするからお金がかかってもいいんだ」と言って、色々なオプションを付けてくれた。
だから私も料金に見合うぐらい、精一杯彼女として振る舞うことにした。
せめて今日のことが素敵な思い出になってくれたらいいなと思いながら。
別れ際、札束を渡された時はさすがに戸惑ったけど、最後まで楽しい思いでいてほしいから笑顔で見送った。
けど…ああ、客観的に見たら絶対悪い女だよ私…!ごめんなさい…!
どうかあのお客さんに本物の素敵な彼女さんが見つかりますように。
祈りながらイヤミさんの元へ向かって売り上げを渡す。
客が来たらまた連絡するざんす、と言われ、ちょっとブルーな気持ちになりながらケーキ屋のバイトに向かった。
こんなに罪悪感でいっぱいになるなら、無理してでも別のバイトを見つければ良かったかなぁ…
後悔し始めた時、一松くんから連絡が来た。
話があるんだけど家に来てもらえる?だって。
こんな時でも一松くんに会えるのはやっぱり嬉しい。
うきうきしながらバイト終わりに店で新商品を買って、松野家にお邪魔した。

話は、私がレンタル彼女をしていたことを見られたことだった。
一気に落ち込んだ。
どこまで見られてたんだろう。軽蔑されたかな…
でもみんなは優しくて、話を親身になって聞いてくれた。
詳しい事情を話せないなら、今私の前にいる紫のもこもこした子に話せばいいって。悩みを食べてくれるんだって。
この子は人間の言葉が分かるらしく、私の話を黙って聞いていた。
それに、何となく一松くんに似てる子だから、こうして手を握ってくれてるだけでも何だか安心する。温かい手。

「…っていうわけなんだ。罪悪感はすごいけど…元々私がバカなことしちゃったせいだし、しょうがないことなんだよね」

自分に言い聞かせるように話を終わらせた。
もこもこくんはじっと私を見つめていた。

「……イヤ…ナノ」
「!しゃ、喋った…!」

喋れるんだこの子!
え、えっと、嫌なのって言った?

「嫌、って…レンタル彼女することが、ってこと?」

もこもこくんが頷く。

「うん、本音は嫌、かな。どう考えても料金設定がちょっと…騙してるみたいで…」

それに…

「あと、やっぱり、デートは好きな人としたいかな」

お客さんは決して嫌な人ではなかったけど、デートの間に時々頭をよぎったのは、一松くんとこういう風になれたらなってことだったから。
古い考えかもしれないけど、デートは本当に好きな人としたいな。

「ワカ…ッタ」

もこもこくんが私の手をぎゅっと握った。

「タス、ケル」
「え…」
「ダイジョウブ」

力強い言葉。
少し虚ろなように見えていたもこもこくんの目に、光が宿ったようだった。

「助けてくれるの?」

一体どうやって。
それを聞く前に、もこもこくんは私の手を離して部屋を横切った。
そして襖を倒してずるずると家の外まで出ていく。
そんなもこもこくんを、別の部屋にいたらしいおそ松くんたちもぽかんとして見ていた。

「…えっ、何がどうなってこうなったの?杏里ちゃん」
「話終わったら、あの子が『たすける』って言って出ていっちゃって…」
「よし、とにかく追うか」
「おう」

おそ松くんたちも後を追いかけて出ていった。
部屋に一人取り残された私。

「…あっ、私も…!」

ぼーっとしてる場合じゃない!追いかけないと…!
あのもこもこくんが何を思って外に飛び出したか分からないけど、自分のことだし自分で責任取らなきゃ…!
みんなに遅れて家を出る。
右の方に、おそ松くんたちの小さくなっていく背中が見えた。
紫のもこもこくんは見えない。意外と足早いのかな。
とにかく追いかけよう。

「あら、杏里ちゃん!いいところに!」

走り出そうとしたところを呼び止められた。
そこにいたのは奇妙な昆虫のような衣装をまとった…

「と、トト子ちゃん」
「見て見てっ新しいアイドルの衣装が出来たの〜!アノマロカリスだよっ!」
「あのまろかり…?」
「アノマロカリス!えへへっ、どうかなぁ?おそ松くんたちにも見せにきたんだけど」
「あ、おそ松くんたちなら今みんな出てっちゃったよ」
「えーっそうなの?ちぇー」

可愛く口を尖らせたトト子ちゃん。
あのま…何とかの衣装を着なくても充分可愛いのになぁ。
って、そんな場合じゃない!

「ごめんねトト子ちゃん、私も行かなきゃ…」
「あっねぇねぇ杏里ちゃん!実はもう一個衣装用意してるんだー。今から見に来て感想聞かせて!可愛いって!」
「う、えっと…私、行かなきゃいけなくて…」
「トト子の新しい衣装より大事なことなの?」

うっ、トト子ちゃんが萎れたお花のようにしょんぼりしている。
ああ、でも早くしないとみんなを見失っちゃう…!
しょうがない、簡単に説明しよう。

「えっとね、実は私、今手っ取り早くお金が必要でね」
「あら、どうしたの?」
「う、うんちょっと…それにおそ松くんたちが協力してくれてるっていうか」
「お金のことであのニート共に頼っても大した力にはならないと思うけど、まあいざって時のバイタリティーはすごいわよね」

とか言いつつ全然感動してなさそうな口調のトト子ちゃんは、急に「あ!」と声を上げた。

「お金で思い出した!私、杏里ちゃんにまだ払ってなかったわよね?」
「払ってなかったって、何を…?」
「ほら、私たちでアイドル活動したでしょ?あの時の杏里ちゃんの分、まだ渡してなかったわ」

そういえばそんなこと言ってたような…!
ごめんね、と可愛く舌を出すトト子ちゃんに、私は希望の光を見た。

「と、トト子ちゃん!そのお金今すぐもらえたりする…!?」
「ええ、家に寄ってくれたら渡せるわ」
「申し訳ないんだけど、今から受け取りに行ってもいい?」
「いいわよ。代わりにトト子の新しい衣装見てくれる?」
「見る見る!ありがとう!」
「それじゃあ行きましょ!」

少しだけでもお金が入るなら、弁償の当てにできるよ…!
おそ松くんたちの行方も気になるけど、私は私でできることを先にやろう。
そうして私はトト子ちゃんに腕を引かれて松野家を離れたのだった。







「で、これからどうすんの一松兄さん」
「イヤミをぶち殺した後にぶち殺してぶち殺す」
「いや、そんな血が流れるようなことはやめろよ」
「一滴も流さず虎に喰わせるけど」
「そういう意味じゃない」

いつの間にか化け物から人間に戻っていた一松兄さんに追いついてみればこれだ。
今の発言で杏里ちゃんの借金の話はイヤミが原因ということは分かったけどさ。

「まあイヤミと杏里ちゃんじゃ100%イヤミが悪いとしか思えねぇな」
「たしかに!」
「で、これからイヤミのとこに乗りこむってわけ?」
「イヤミのとこ行く前に説明ぐらいはしてよ」

僕の言葉に、一松兄さんが杏里ちゃんから聞いた話をぽつぽつと語り始めた。
一番安心したのは、杏里ちゃんは援助交際じゃなくレンタル彼女をしてたって部分だ。それもイヤミに逃げ場をなくされて、仕方なく。
なるほどねぇ、とおそ松兄さんが腕を組む。

「その機械ってのも胡散臭いよなー」
「まずイヤミが五百万もする機械を持ってるってとこからしてインチキっぽいしね」
「仮にそんな物を持っていたとしたら、出所はデカパン博士しかない…だろうな」

カラ松兄さんの言う通り、イヤミが何か頼るとしたらデカパン博士のとこぐらいだろう。
僕たちは先にデカパン博士の研究所へ寄ることにした。
そして、ある確証を得た僕らは、一松兄さんを筆頭にイヤミのところへ向かったのだった。


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