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猫になる話5


用意してもらっていた、お湯を張った洗面器や小さい石鹸を使って、何とか一人でお風呂に入ることができた。
お風呂上がりに、私と一緒に小さくなってしまった下着を残り湯で洗濯する。
服は一松くんが作ってくれたワンピースがあるけど、下着はさすがに替えがないからこうさせてもらった。
タオルで押して水気を取ったら、床に置かれたドライヤーのスイッチを入れて熱風を当てる。トド松くんがわざわざ置いていってくれたみたいだ。優しい。
ドライヤーの強い熱風で、今の私サイズの下着はすぐに乾いた。
そのまま髪や猫になっている部分を乾かす。
みーちゃんを家でお風呂に入れた時もそうだったけど、毛が多いから耳と尻尾だけでも乾かすの時間かかるなぁ。
まだ濡れているところがないか確かめて電源を消す。
ふぅ、普段何気なくやってたことだけど、結構体力使ってるなぁ…
さて、と自分の体を見た。
本当に直に尻尾生えてるんだなぁ。背骨の先が体の外に出てきてるような感覚で、実はパンツの履き心地はあまり良くないんだけどこれは履かなきゃ仕方ないよね…
一松くんの作ってくれたワンピースは驚くほどぴったりだった。
そういえば、前にも人形を作ったとか言ってたような。あとで見せてもらおうかな。
なんて思いながら元々着ていた服を持って、お風呂場の戸を開ける。
静かな廊下にかすかにテレビの音が響いている。まだ誰か居間にいるみたい。
居間の襖が少し開いていたので覗いてみると、青いパジャマの背中を丸めてテレビを見ている一松くんがいた。
今直感で一松くんだと思ったけど、頭からタオルを被っていて顔は見えない。
でもきっと一松くんだ。
何となく分かったのは猫になって感覚が鋭くなったからかな。
それとも、何も言わずに私にぴったりの服を作ってくれた一松くんと同じで、私も一松くんのことずっと見てるからかな。
そうだったらいいな。

「一松くん」

こっちを向いて目を細めた顔はやっぱり一松くんだった。

「お帰り」
「ふふふ、ただいま」

襖の隙間をするりと通り抜けて一松くんの側に行く。

「ニャンコちゃん、帰ったんだね」
「うん、自分の寝床に」
「髪の毛乾かすのまだだった?」
「いや…タオル乗せてただけ」
「そっか、良かった。私乾かすの時間かかっちゃったから」
「ちゃんと乾かせた?」
「確かめる?」

期待を込めて頭を差し出すと、一松くんは「えっ」と口の中で呟いてからしばらく固まった。それからゆっくり片手が降りてくる。
さっきもだけど、そんなに恐々触らなくても潰れたりしないんだけどな。
でも親友の猫ちゃんたちと同じくらい大事に扱われてるのかなって思ったら、もどかしいぐらいそっと撫でられる手つきでもすごく嬉しい。
一松くんの手に合わせて、猫耳がふにゃふにゃ動く。
さっきより長く触ってくれてる。今日一日でいっぱい一松くんに触ってもらった気がするなぁ…えへへ…!

「尻尾すごい…」

撫でるのを止めた一松くんがぼそっと呟いて初めて気付いた。
尻尾が私の後ろでぴたぴた暴れていて、ワンピースが波打っている。

「あ、わわ…」

急いで尻尾を抑えた。
恥ずかしい!浮かれてるの丸分かりだ…!
一松くんが声を出さないで笑う。

「尻尾は正直だねぇ、んん?」
「一松くんが猫たらしだからだよ」
「たらされてんの」
「たらされてる」
「ふぅん…」

あ、一松くんの機嫌良さそう。
ちょっとぎこちなかった感じがなくなって良かったな。

「そうだ、一松くんって前にぬいぐるみ作ったことあるんだよね。見てみたいな」
「いいけど…チョロ松兄さんがまだ持ってれば」
「チョロ松くんにあげたんだ」
「うん」
「いいなぁ」
「…欲しい?」
「え、作ってくれるの?」
「杏里ちゃんが欲しいなら」
「欲しい欲しい!あ、誕生日プレゼントに貰えたらいいな」
「いや、誕生日プレゼントはもっとマシなのあげるから…」
「一松くんの作った物なら嬉しいよ」
「な…何それ、お世辞とかいいし別に…」
「お世辞じゃないよー。あ、そうだ、博士に頼んでこのワンピースも大きくしてもらえないかな。元に戻っても着られるように」
「無理して着なくていいって」
「え、気に入ってるんだけど…だめ?」
「だ、めとかじゃないけど…」
「一松くんがくれた物だから大事にしたいな」

一松くんが目線をきょろきょろさせている。これは照れてる時によくやるやつだ。

「……俺も、杏里ちゃんのくれた物なら、何でも嬉しい…し、分からないでもないけど……」

低音の言葉が私の体をぞわぞわさせた。嬉しくて。

「え…えへ、ほんと?嬉しい…」
「…だから尻尾…」
「わあぁぁーもうー!」

ワンピースの裾をまくり上げる勢いで立ってしまっている尻尾を掴んで大人しくさせた。
感情が尻尾に出るの、猫なら可愛いって見てられるけど当事者になると本当に恥ずかしい。
一松くんは普通に笑ってるし…

「い、今一松くんにも尻尾が付いてたらこんな風になってると思うな!」
「え?俺はそんなに分かりやすくないから」
「う…絶対いっぱい動いてるもん」
「はいはい」
「うう…」
「…杏里ちゃんてさぁ、そんなに俺のこと好きなの」

私の尻尾を見ながら、テーブルに肘をついた一松くんが言う。
何の気もないような顔してこんなことずばっと聞けちゃうんだから、何だか一松くんには一生敵わない気がする。

「……うん、好きだよ。すごく好き」

今みたいに尻尾がなくても、私の心は多分見透かされてるんだろうなって思う。
嘘をついてもすぐ分かっちゃうような、そういう鋭さが一松くんにはあると思う。
だから仕方なく、正直に言うしかなくなっちゃうんだ。

「あ!あのね、そうだ、私何で猫になりたかったかって言うとね、猫になったら一松くんにたくさん触ってもらえたりするかなって思って、それで…だから、ありがとう」

良かった本当のこと言えた…!
と思ったら、急に大きい音を立てて一松くんがテーブルに突っ伏した。

「え、一松くん…?」
「……クソが……!!」
「ど、どうしたの?大丈夫?」
「ぐっ……自分で言いながらこれほどの破壊力があるとは……想定外…!」
「破壊力?」
「あ…杏里ちゃん一回俺のこと罵ってくれない」
「な、何で!」
「そうしないと釣り合いが取れない」
「何の釣り合いなの…?」
「俺の心」
「えっ、えーと…じゃあ、バカ、とか?」
「もっと激しく」
「ば、バカ!」
「何だよ可愛いだけじゃねーかクソがぁぁァァ!!!」
「うるせーよ一松!!もう寝ろ!!電気消すぞ!!」

居間に入ってきたチョロ松くんによってこの話はおしまいになった。
二階にいたみんながみかんの空き箱で私の寝床を作ってくれていたらしく、チョロ松くんが持ってきてくれたのだった。
段ボールの箱の中にクッションが敷かれていて、タオルで作った枕と柔らかいタオルケットが入っている。
箱に入った私は、そのまま一松くんに運ばれてみんなの部屋に来た。部屋を見渡せるソファーの上に箱ごと置かれる。

「うわ〜絵になる〜…って言っていいのかなこれ」
「とか言いつつ写真撮んなよお前」
「トッティ写真撮らないと死ぬもんね!」
「いや死なないよ十四松兄さん」
「どう?寝転んでも痛くない?」
「うん、ありがとう。なんか安心する大きさだよ。すごく快適」
「そっかー、そりゃ良かった!」
「フッ、さながら「消すよ」…えっ」

電気が消えた。
カラ松くん今何か言いかけてたみたいだったけど良かったのかな…

「お休み、杏里ちゃん」
「うん、お休みなさい」
「お休みー」
「おやすみなさーい!」
「お休み〜、あっ寂しくなったら僕の隣来ていーよっ」
「あーいいね、俺の隣ね?」
「死ぬかクズ共?」
「フッ…グッナイベイビー」
「寝ろよさっさと!!」

みんなのやり取りに笑いながらタオルケットにくるまった。
寝る前っていつもこんな感じなのかな。松野家楽しいなぁ。
一松くんたちは揃って寝つきがいいみたいで、すぐに六人分の寝息が聞こえてきた。
猫が夜行性だからか、私はまだ寝れなくて箱の中でごろごろしている。
半日この姿でいるけど、すっかり慣れてきちゃったな。チョロ松くんが言ってたように、私って順応性が高いのかもしれない。
デカパン博士は今頃一生懸命薬を作ってくれてるんだろうな。また改めてお礼言いに行かなきゃ。
いつ戻れるかなぁ。もしかしたら明日かも。
そう考えると、何だかもったいない気がしてきた。
まだこの体でやり残したことないかな。今のうちにできるようなこと…
箱の中からそろっと顔を出す。
暗い部屋の中、みんなと同じように仰向けで寝ている一松くんが目に入った。
…そうだ、一回やってみたいなって思ってたこと。今ならこっそりできるかも…!
枕と丸めたタオルケットを足がかりにして箱を出る。
ソファーをゆっくり滑り下りて、足音を立てずに一松くんの前へ。
い、いいかな、やってみてもいいかな…!
一松くんが寝てる間に、って卑怯な気もするし、もし起きちゃったらすごくすごく恥ずかしいことになるわけだけど…
でも欲には勝てなかった。一松くんごめんね。
ドキドキする胸を抑えながら、そっと一松くんのお腹の上に乗った。そしてゆっくり体勢を変えてうつ伏せに寝転んでみる。
ふふふ…ニャンコちゃんたちがいつもやってること、私もついにやったよ…!
これこそ今の体にしかできないことだもんね。お腹の上で寝れるなんて。
一松くんの呼吸に合わせて布団越しの温かいお腹が上下する。
安心感が広がっていく。このまま寝れそう。
だけどもうこれで終わり!バレたら恥ずかしい!早く戻ろう。
一度だけ、お腹の上から一松くんの寝顔を眺めてから下りる。
ソファーを上るのは苦労したけど、誰も起こさずに箱の中に戻ることが出来た。
はぁ、今日一番の大冒険だった…!そして人生最大の秘密になるかもしれない!
でも猫ちゃんたちと同じ景色を見れて良かったな。
元に戻っても、これぐらいの勇気がいつでも出せるようにしたいなぁ。
そんなことを考えているうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。







「ふゎ…おはよ」
「おはよ…トッティ、スマホ光ってる」
「ん、…あ、デカパン博士からだ。薬出来たって」
「早ぇなー」
「一松、デカパン博士の薬が出来たそうだぞ」
「杏里ちゃん起こしたげたら」
「……」

チッ、早すぎだろ…あと一週間はこのまま過ごせるってのに…
しかししょうがない。杏里ちゃんは俺と違って学校にもバイトにも行っている立派な社会の歯車だ。俺が引き留める権利はない。昨日は大イベント続きだったし十分いい夢は見た。
兄弟が着替える中、のろのろとソファーの上の段ボール箱に近付く。

「杏里ちゃん、起き………!」

一瞬視覚の暴力かと思った。
いや別に何ということはない。寝ている杏里ちゃんの尻尾が見えていたというだけ。
ついでに尻尾がワンピースを少しめくり上げてその生え際辺りのただの布まで見えていたというだけ。何かこう…小さいリボンとか付いてた…ただの布。そう。

「……ん、…ん?…あ、一松くん…えへ、おはよ」

気付いたら段ボールの箱を閉めていた。

「一松、杏里ちゃん起きた?…何で箱閉めてんの」
「触んなゲス」
「あ?朝からお兄ちゃんに喧嘩売ってんの?」
「ちょっと待った一松、お前はその箱を持ってどこ行く気だ」
「俺この子育てる」
「何言ってんだお前…」
「フッ…ドリームの続きでも、見てるのか…?」
「ほらデカパン博士のとこ連れてくよ〜」
「いや俺が育てるから」
「…おい、まさかこの期に及んで元に戻したくないとか言うなよ」
「……」
「……」
「……チッ」
「あっ逃げた!」
「ちょっ、一松兄さん!監禁と誘拐だからそれ!」
「ゴラァ一松!戻ってこい!」
「十四松!トルネード行け!身内から犯罪者を出すな!」
「りょーかーい!!」

駆け落ちは数分で取り押さえられた。一生の不覚。

その後デカパンの薬で杏里ちゃんはあっさり無事に戻った。律儀にワンピースまで一緒に。
これに合うコーディネート考えるね!とか杏里ちゃんは言っていたけどあのリボン付きの布に一番合うと思っていることは墓まで持っていく。


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