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支払いは体で1


ある日僕が家に帰ると、家が殺人現場のようになっていた。

「…何これ」

居間の襖の前に、KEEPOUTと印字されている黄色のテープが張り巡らされている。
無視してテープをくぐり抜け、襖を開くと、テーブルを囲み真剣な表情で話しこんでいるおそ松兄さんとカラ松兄さんとチョロ松兄さんがいた。
居間の隅には、紫のパーカーを着た男が手足を投げ出しうつ伏せで倒れていた。その横で、十四松兄さんがよくドラマで見るような白いテープで男の体を囲んでいる。

「……一松兄さん!?」

素頓狂に叫ぶと、死体以外の四人がやっとこっちを見た。

「トド松か…残念なことになってしまった」

おそ松兄さんが、滅多に見せない深刻な顔つきをしている。

「な、何があったの?」
「見ての通りだ」
「えっ、じゃあ、一松兄さんはほんとに…!?」
「ああ…」

カラ松兄さんが重々しく頷く。
僕はよろよろと震える足取りで一松兄さんの元へ向かった。
一松兄さんを縁取る白いテープギリギリに膝をつく。思わず体に触れようとした手は、十四松兄さんにそっと遮られてしまった。

「…顔、見る?」

十四松兄さんの言葉に涙をこらえながら頷いた。
黄色の伸びたパーカーの袖が、一松兄さんの顔をゆっくりとこちらに向ける。
信じられなかった。
一松兄さんの目は虚ろで生気がなくなっていた。
いや考えてみればいつも虚ろで生気ないけど、でも今朝一緒にご飯を食べた時は何ともなかったじゃないか…!

「嘘みたいだろ」

おそ松兄さんの声が、今はとても重苦しい。

「死んでるんだぜ、それで」

涙が一筋頬を伝った。

「…カッちゃん…!」
「いやカッちゃんって誰だよ!分かる人にしか分かんねーネタすんな!」
「んだよチョロ松、雰囲気壊すんじゃねーよ」
「雰囲気壊してんのお前らだから!大体一松死んでねぇし!」
「いやこれどう見ても殺人現場っぽいんだけど。え死んでないの?じゃ何してんのこれ」
「ブラザー、よく聞くんだ…一松は、一松は心をやられたんだ…マインドイズブロークン…!」
「合ってんのその英語?」
「あー…つまりだな…」

おそ松兄さんが手招きをする。
耳を貸せと言われて囁かれた台詞に僕はまた叫んだ。

「えええ!?一松兄さん失恋したの!?」
「バカ声が大きい!」
「うわぁぁぁ一松兄さんがー!!」

おそ松兄さんの制止も空しく、十四松兄さんの叫び声と共に辺りが地響きと眩しい光でいっぱいになった。目を開けていられなくて顔を手で覆う。
謎の発光が収まったところで恐る恐る手をどけると、居間には僕ら兄弟が五人。
それから、紫色のもこもこした巨大な化け物がいた。

「う、うわぁこいつ前にも見たことある…」
「兄さぁぁぁぁん!」

緑の液体をぼたぼた落とす一松兄さんの成れの果てに、慌てて猫をあてがっている十四松兄さん。

「あああ…一松がまたしても化け物になってしまった…」
「痛ましいことだ…そんなに闇が深かったとはな…」
「けどしょうがないよ、あんなの見せられちゃあね…」

チョロ松兄さんが意味深に呟いた。

「あんなのって?」
「いや俺らもなかなかにびっくりしたけどね」
「俺もだ…未だに信じられない、いや、信じたくはない、と言ったところか…」
「やもうそんなのいいから何?何かあったの?」

テーブルに集っている三人に詰め寄る。
一松兄さんが失恋、ってことは杏里ちゃん絡みのことで間違いないだろうけど。
やっぱ一松兄さんには高嶺過ぎる花だったってことかな〜。
でも杏里ちゃんも一松兄さんのことが好きなんだと思ってたのに。また一松兄さんお得意のネガティブ一人暴走かな?

「ね〜教えてよ。杏里ちゃんに彼氏でもできた?」
「彼氏ならまだ良かっ…いや良くはないけど納得できるっていうか」

ため息をつくチョロ松兄さん。
え、何、どういうこと?

「実は、俺達見ちゃったんだよ」
「正確には俺とチョロ松と一松なんだけど」
「何を見たの?」
「それが…」

チョロ松兄さんが、心配そうにちらりと紫の化け物に目をやる。
でも化け物は無感動な顔をして舌を出しているだけだった。
やばいな〜…ここまで追い詰めるって一体何を見たんだろう。

「もったいぶってないで教えてよ」
「杏里ちゃんが男と腕組んで歩いてたんだけど…」
「それだけ?」

腕組んで、か…確かに破壊力はそこそこあるけど、どうとでも考えられるシチュエーションだ。
僕らは悲しいかな童貞だから、女の子にそんなことをされたのなんてないに等しいし、好きな子が他の男としてたら落ち込むのも分からなくはない。
だけど杏里ちゃんはリア充の部類だしなぁ…友達同士でやるかもしれないじゃん。
チョロ松兄さんはいやいや、と首を振った。

「それだけだったらまだね…問題の一つは、その男が杏里ちゃんに比べて確実に年上ってことなんだよ」
「兄ちゃんってか、おっさんって感じ。身なりはちゃんとしてたけど」
「家族でもなさそうだったね。杏里ちゃんがそいつを名字で呼んでたのが一度耳に入ったから」

どういうことだ?
ごくり、と唾を飲んだ。
気が付けば化け物以外、全員真剣な顔をしている。

「俺たち、その男が杏里ちゃんの何なのか見極めたくてこっそり後つけたんだ。そしたら二人は腕を組むだけじゃない、男が杏里ちゃんの肩抱いたり二人で一つのパフェつついたりして楽しそうにしてた。ホテル街も一瞬通り抜けたし、一松がどんどん脱け殻みたいになってたよ」

目に浮かぶ。かわいそうな一松兄さん。

「これだけだったらただの年上彼氏かと思うだろ?ところがだよ…別れ際、遠くからだったけど、男が札束を出すのが見えたんだ」
「さ、札束?」
「そう。恐らく数十万円と思われる金額を杏里ちゃんに渡して男は去った。杏里ちゃんは笑顔で男に手を振っていたよ…」

デートの直後にお金を渡した?

………ま、さか。

「まさか…とは思うけど……援助交さ」
「ストップだトッティ!それ以上喋ってはいけない!」

カラ松兄さんに口を塞がれた。
目だけで場を見回すと、みんな悲痛な面持ちをしていた。
化け物もよく見ると小さく震えている。第二進化あるかもしれない。

「う…嘘でしょ、杏里ちゃんがそんなことするわけないよ…そんな子じゃない」
「俺たちもそう信じたいけどさ…今までの杏里ちゃんのイメージとあの大金とのギャップがありすぎて混乱してる」
「あ、そ、そうだ、その男にお金貸してたんじゃない?」
「どう考えても社会人の男に、大学生の杏里ちゃんが?」
「うーん、考えにくいか…」
「杏里ちゃんがそいつを脅してる、ってのも考えたくないし…」
「杏里ちゃん、バイトしてるし金に困ってるようには見えねーだろ。てことは単に趣味で…?」
「…ウ゛……!」
「よせ!一松をこれ以上追い詰めるんじゃあない!」
「うあー…!僕も混乱してきた!」

ああ杏里ちゃん…!
今まで僕らは杏里ちゃんのことをちょっと天然入ってて純粋な女の子とばかり思っていたのに、ほんとの君はそうじゃなかったっていうの!?
AVすら現物を見たことがなさそうな、貞淑極まる女の子っていうイメージは計算して作ってたものだったの!?
怖い!大学生怖い!リア充怖い!!

「…で、一松はこうなっちゃったんだ」
「ううっ、哀れすぎる…!」

部屋の隅で無表情に猫を撫でている紫の塊を見る。
猫を構ってるのに無表情って相当だぞ…!絶対心どっか行っちゃってるよ!
はぁぁ、とおそ松兄さんが息を吐く。

「俺たち、これからどんな顔して杏里ちゃんと顔合わせたらいいんだろ…」
「…ちょっと待って。ねえ、誰か杏里ちゃんに直接聞いてみたの?」

みんなは首を横に振った。

「やってもいいけどリスク高くね?もしそれで明るく『えへへ、バレちゃった?』とか言われたらどうすりゃいいんだよ。俺そんなにハート強くないよ」
「逆に隠されてもわだかまりが残るしね…」
「あーあ…もしマジだったらいくら払えばいいんだろ」
「おいこらクソ長男!買う方向で話進めんな!てめぇのハートは剛毛かよ!」
「ね、一松兄さん。杏里ちゃんにちゃんと聞いてみたら?」

クズを無視して猫を撫でるだけの生き物になっている元兄弟に問いかけると、ぴたりと動きが止まった。一応こっちの話は聞こえてたみたいだ。
視線は猫に合わせてうつむいたまま、化け物は「イイ」と低く呟いた。

「僕だって杏里ちゃんがそんなことやってるなんて信じたくないよ。でも、そうだと決まったわけでもない」
「…」
「このままずるずる引きずるより、きっぱり諦めついた方がいいんじゃない?」
「そーそー諦めは肝心だよな。チョロ松みてぇにアイドルと付き合う果てしない夢追いかけて後先なくなるよか幸せだって」
「おい今俺を話に出す必要あったか?」
「一松にーさん、杏里ちゃんに聞いてみよ?」

十四松兄さんが化け物にスマホを差し出す。
もこもこが少し丸まった。

「……コ、ワ…イ゛…」
「俺らも怖いよー。でも女なんてこの世に出回ってる金の数ほどいるって!」
「いいこと言うな、おそ松」
「いや慰める方向ズレてるから!金の数って何だよそれ言うなら星の数だろ!」
「まーツッコミ星人は置いといて。もしかしたら杏里ちゃんにも事情があんのかもよ?その事情が理解できるもんだったら、お前の気持ちも長続きさせていーんじゃねぇの?」

おそ松兄さんは適当に見せかけて人の心を打つのがうまいと思う。ほんとに適当に言ってるのかもしれないけど。
ともかく、それに焚き付けられた元一松兄さんは杏里ちゃんに家に来てほしいとメールを送ったらしい。バイトが終わってからさっそく来てくれることになった。



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