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猫になる話4


一松くんの膝の上に座って食べた夕ご飯の味は、緊張しててあんまり覚えてない。
今の姿だからただ膝の上に乗ってるだけのように見えるけど、元の姿なら後ろから抱きかかえられてるような状態ってことだよね…!
そんな風に想像してしまったから、食事中はずっとドキドキしてしょうがなかった。
一松くんは普通に膝の上に乗せてくれたし、恥ずかしがってもなかったから、きっとこんな風に意識してるのは私だけなんだろうけど…
そういえば私が猫になりたいって思ったのは、猫になれば一松くんにも普通に触ってみたりできるかなって理由だったんだっけ。
でも外見が変化しただけじゃ全然だめだなぁ。
夕ご飯を食べ終わった今も、膝の上にニャンコちゃんを乗せてテレビを見ている一松くんを隣で見てるだけ。
ニャンコちゃんが代わる?って聞いてくれたけど、思わず首を横に振ってしまった。
せっかく猫みたいな姿になったんだし、頭とか、撫でてもらえたら嬉しいなぁって思うけど…
ニャンコちゃんみたいに素直にくっついたり甘えられたりしたらいいのにな。
ちょっとだけため息をこぼすと、前からくすくすと笑い声が聞こえた。

「杏里ちゃん、ずっと一松兄さんの方見てる〜」
「…えっ、ええっ!?わ、私そんなに見てた…!?」

トド松くんに言われて体全体が熱くなった。尻尾もびくりと動く。
まだ面白そうに笑っているトド松くんを横目に恐る恐る一松くんの方をうかがうと、きょとんとした顔でこっちを見ていた。うう、もっと恥ずかしくなってきた…!

「え…何、何かついてる?」
「あ、ううん何でも…!」
「……一松兄さん……」

今度はトド松くんがため息をついた。

「何?」
「いやーでも安心したよ一松、お前はまだまだリア充にはなれそうにねーな」
「何それ…馬鹿にしてんの」

さっきお風呂から上がってきたばかりのパジャマ姿のおそ松くんが、テーブルに肘をついてタオルで頭を拭きながらにやにやしてくる。
一松くんは気にしてないみたいだけど、意識してるのが他の人にバレるっていうのすごく恥ずかしいんだけど…!
一松くんから少し距離を置いた方がいいかもしれない。一松くんの家に泊まれるってだけで浮かれすぎだよ、もう…
一人反省していると、居間の襖が開いてチョロ松くんが入ってきた。
おそ松くんと同じ、パジャマ姿でタオルを持ってる。

「お風呂空いたよ、次どうぞ」
「一松兄さんどーぞー」
「…ほんとにいいの、杏里ちゃん」
「うん、私はみんなの後でいいから。先入って」
「一緒に入ればいいのにー」

またおそ松くんがにやにやしながら、しかも私を見て言うのでせっかく下がりかけた体温がまた上がった。
おそ松くんは意地悪だ…!

「うるさい黙って」
「俺彼女できたらぜってー一緒に風呂入ってもらうのに」
「来るといいね、そんな日が…」
「おいまるで一生来ないみたいな言い方すんな」
「せいぜい夢見てれば」

一松くんはやっぱり余裕そうだ。
おそ松くんの言葉を軽くかわして居間を出ていった。
ニャンコちゃんは私の隣でまた丸くなった。一松くんに触れなかった分、ニャンコちゃんを撫でようっと。

「くーっ、調子乗りやがって…!」

おそ松が悔しそうにしてる。

「いや〜だってまさかもまさかでしょ、一松兄さんが一抜けするとはねぇ」
「ほんとだよ、まさか一松に先を越されるとはね…あれ、カラ松と十四松は?」
「二人とも上」
「ふーん」

チョロ松くんがトド松くんの隣に座った。

「あ、てかさ、さっき一松兄さんが服作ったとか言ってたけどあれマジなの?」
「ああ、なんかワンピースみたいなの持ってたよ」
「…えっ、さっきのってほんとの話なの?」

びっくりして口を突っ込んでしまった。
みんなのいつもの軽口かと思って聞き流しちゃってたんだけど…!

「いつの間に作ったのあいつ?」
「さあ…けどぱっと見まともだったけどね」
「杏里ちゃんのサイズに合うのかな〜」
「そういや身長測ってたな」
「あ、そうそう。夕ご飯の前に測られたね」

二階のみんなの部屋にいる時に、「参考に」って言って三十センチの定規で身体測定みたいに測られたなぁ。服の参考にってことだったのかな。
あれ、でも…

「測ったのって身長だけ?普通他のとこも測るもんじゃねーの?」

おそ松くんが私と同じ疑問を口にした。

「だよね。ちゃんと杏里ちゃん着れるのかな?」
「持ってこようか?」

チョロ松くんが二階から一松くんが作ったらしいワンピースを持ってきてくれた。
紫の生地で膝よりも長い丈の、シンプルなワンピースだ。
ちゃんと袖もある。袖有りって作るの難しそう…
チョロ松くんが私に手渡してくれたので、体に当ててみた。伸縮性から言っても問題ない感じがする。

「うん、サイズは合ってそう。すごいなぁ一松くん」
「いや俺らは怖ぇーよ、いつの間にこんな技術身につけたのあいつ」
「身長だけ測ってワンピース作れるとか何なの、僕よりよっぽど女子力高いんだけど」
「いやこれを女子力って言っていいのか?」
「……もしかしてだけど、一松兄さんって元々の杏里ちゃんのスリーサイズ知ってたんじゃない?」

トド松くんに聞かれて首を傾げた。

「うーん、言った覚えはないけど…」
「知ってたらどうなの?」
「一松兄さん、元の杏里ちゃんの身長も聞いてたでしょ?今の身長との比率を計算すれば、この体でのスリーサイズも割り出せるんじゃ…」
「う、うわー…や、でもそれって一松が杏里ちゃんの元々のスリーサイズ知ってるのが前提の話だよね?」
「一松兄さんも杏里ちゃん見つめまくってるから、何となくのサイズ目測で分かってたりして〜?」
「杏里ちゃんが寝てる間に測ってたりとかー?」
「杏里ちゃんの家行った時にこっそりクローゼット漁ってたり〜?」
「えっ、ええ、まさか…」
「いやお前ら一松を何だと思ってんだよ!その想像怖いからやめろ!いくらあいつが犯罪者予備軍に近いからってんなことするわけ」
「誰が犯罪者予備軍だって?」

襖を音もなく開けて、お風呂上がりの一松くんが入ってきた。お風呂入ってくるの早いなぁ。
パジャマ姿の一松くん可愛い。前も見たことあるけど、ちょっと幼く見えて少し頬が緩んだ。

「お帰り一松くん」
「うん。…何の話してたの」
「一松お前杏里ちゃんのスリーサイズ知ってる?」
「は?三人揃って人の彼女にセクハラしてたわけ?お前らをブタ箱にぶちこんでやろうか?」
「いやいや僕は関係ないからね!止めてたからねこの二人の暴走を!そうじゃなくてお前の作った服の話してたんだよ」

チョロ松くんが慌てて私を一松くんの前に押し出した。

「そ、そうなの。この服がぴったりだったから、どうやって作ったのかなって話してて」
「あー…企業秘密」
「やっぱやばいよ杏里ちゃん」
「あれは確実にやってる顔」

後ろからおそ松くんとトド松くんがこしょこしょ囁いてきた。

「あ?何?」
「ううん!あの、服作ってくれてありがとう」

二人の声を聞かせないように服で遮ってお礼を言うと、一松くんは「うん」と頷いてくれた。
うふふ、体が元に戻ってもこの服は大事に持っておこう。袖通すの楽しみだな…!

「それじゃ僕入ってこよ〜。ちょっと待っててね杏里ちゃん」
「ううん、ゆっくりでいいよ」

ウインクをして、トド松くんが部屋を出ていった。

「俺も髪乾かしに行こ」
「僕ももう上行くね」
「あ、うん、お休みなさい」

おそ松くんとチョロ松くんも立ち上がったけど、一松くんは無言でつけっぱなしだったテレビを見ている。
二人が部屋を出て、居間には私と一松くんとニャンコちゃんだけ。
ちょっと緊張する…こんな状況、今までに散々あったのにな。

「い、一松くんは寝ないの?」
「杏里ちゃん一人だけになるから」
「あ…そっか、うん、ありがとう…」

ああだめだ、変にぎこちなくなっちゃったよ…!
会話が途切れてしまって、テレビの音も何だかよそよそしく聞こえる。
膝の上に畳んだワンピースを意味もなく広げてみたりした。
あ、これ手縫いなのかな?縫い目がミシンっぽくない。

「ねえ一松くんこれ手で…」

一松くんを見上げたら、こっちを凝視されていた。
正座してるし、どことなくしょんぼりしてるような…?

「ど、どうしたの?」
「………お、…怒ってない…?」
「え?もう怒ってないよ」
「…ほんとに?」
「うん。もしかして、ずっと気にしてた?」
「……うん」

ニャンコちゃんの側を離れて、うつむいた一松くんのすぐ隣に行った。

「大丈夫だよ。気にしないで。ね」
「…嫌だったら嫌って言ってくれていいよ」
「嫌じゃないよ。面白いよ」
「……杏里ちゃんあんまり愚痴とか言わないし、本当は俺に愛想尽かしてんじゃないの。……って、思って…」

一松くんがぼそぼそと喋った言葉に胸がきゅっとなった。

「そんなことないよ?私、けっこう思ったことをそのまま言ってるつもりだけど…」
「…今だってちょっと居心地悪そうにしてた」
「あ、う、それは違うよ、あの…緊張して…」
「緊張?」
「ふ、二人きりだなって…ニャンコちゃんもいるけど」

ごにょごにょしながら言ったら、一松くんのほっぺたがちょっと赤くなって、私ももっと恥ずかしくなってきてしまった。
そもそも何でこうなったかって言うと、私が一松くんに触ってほしいなって思って呟いた言葉がきっかけなんだよね。
私の邪な思いが引き起こした事態とも言えるわけで…

「と、とにかく、一松くんは私のお願いを叶えてくれただけだよ。だからね、気にしないで」
「…杏里ちゃん」
「ん、なあに?」
「…俺も、思ったこと言っていい?」
「え、うん…」

な、何だろう。
緊張が高まってきた。
一松くんが姿勢を正す。何となく私も正座になった。

「…………撫でていい?」
「え?」
「嘘ですすみませんでした」
「えっ、ち、違うよ!嫌とかそういうのじゃないから!」

もっと深刻な話かと思ったからきょとんとしてしまったけど、一松くんがすぐさま土下座をしたので慌てて弁解した。
ていうか…撫でていい?って、一松くんも触りたいって思っててくれたのかなぁ、わー…!!

「あう、その、い、一松くんがいいなら全然いいよっ」

嬉しくて台詞に力が入ってしまった。
すごく期待してたのが悟られたら恥ずかしいな…

「…マジで?」
「マジだよ」
「やっぱなしとかはなしだから」
「うん。いいよ」
「…じゃあ…」

私の頭の上にそろそろと一松くんの右手が下ろされてきた。
尻尾がすごくぱたぱたしてるのが自分でも分かったから、そっと両手で抑えた。この尻尾、きっと心臓と連動してる。
一松くんの指が頭の先に当たって、猫耳がぴくりと動いた。
ゆっくり髪を撫でるように滑らせた指が、左の猫耳を軽く挟んですり、と撫で上げられる。
さすが一松くんだなぁ。これだけで何だか安心感がある。
思わず目を細めた。

「…!」

一松くんの指がさっと離れて、「ありがとうございました」と丁寧に頭を下げられた。

「ううん、あの、私こそ」
「…トド松見てくる」
「う、うん」

一松くんが立ち上がって襖を開けた。
出ていったのを見届けてから、落ちそうになるほっぺたを押さえつつニャンコちゃんの体に顔を埋める。
…うう、緊張した…!
はぁ、でも嬉しいな。ちょっとだけでも一松くんに撫でてもらえたらこんなに幸せになるんだ。
…次はもっと長く触ってほしいな。
私もちゃんと言わなきゃ。何で猫になりたかったのかとか…
不意に廊下から何かが転がるような音が聞こえてきた。
何だろう?ニャンコちゃんも顔を上げている。

「…ちょっ、え?一松?何やっ…ストップ!ストッ痛っ痛い痛い!俺の脛えぐれちゃう!何だよそのポテンシャル!」

…おそ松くんの悲鳴も聞こえてきた。

「何だろ、筋トレかな…?」

ニャンコちゃんに聞いたら、ちょっと呆れたように尻尾を振られた。


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